イヌの声は翻訳されない
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この短編集に収録されている中の1つです。この話が面白かったとか気になったら、是非他の話も読んでみてください。
ぼくの名前はハチ。柴犬のオス、三歳。ある日、飼い主のミサキが不思議な首輪をぼくに装着した。なんでも「動物翻訳デバイス」で、これを付ければ人間の言葉がわかるし、ぼくの意志を人間にも伝えられるらしい。
最初は首回りがくすぐったくてイヤだった。でも装着後、ぼくは次第に“言葉”というものを理解し始めた。ミサキが笑顔で「ハチ、これからもっといっぱいお話ししようね」と言ったとき、ぼくは「ワン!」と答える。するとデバイスから“よろしくお願いします!”という声が流れた。まるでぼくが人間みたいにしゃべったみたいだ。
ミサキは大喜びで、家にあるカメラでぼくを撮影し、SNSにアップしている。「うちのイヌが会話できる!」と注目を浴びているらしい。ぼくも悪い気はしない。ミサキが楽しそうな顔をすると、ぼくも嬉しくなる。
だけど、このデバイスには不思議なところがあった。ぼくが心の中で思う“言葉”と、デバイスが翻訳して流す言葉が、どこかズレている気がする。たとえば、ぼくは本当は「ごはんもっと欲しいよ!」って強く思っているのに、デバイスは「少しだけおかわり欲しいです」みたいに柔らかく表現するのだ。
最初は気のせいかと思った。でも、日が経つにつれそのズレがはっきりしてきた。
ある日、ミサキは在宅ワークで忙しいのか、まったく散歩に連れて行ってくれなかった。ぼくは退屈で“早く外に出たい!”と考えていた。でもミサキが「ハチ、今日は無理なの。ごめんね」と言うと、ぼくの口からは「だいじょうぶ、大丈夫です」と翻訳された声が出た。
(いや、だいじょうぶじゃない。ぼくは外に行きたいよ)
ぼくは心の中で強く思うけれど、なぜかデバイスはそれを違う言葉にしてしまう。
数週間後、ゼンアニマル社という会社からアップデートの通知が来た。どうやらこの翻訳デバイスを改良し、より高度な会話ができるようにするらしい。ミサキは「もっとハチの気持ちがわかるならいいわね」とワクワクしていた。
アップデート後、ぼくはより複雑な文を“頭の中”で思い浮かべることができるようになった。ミサキが言う言葉もスラスラ理解できる。けれど、そこには奇妙な制約があった。ぼくが不満や要求を強く考えると、何かが“修正”されるように感じるのだ。まるでプログラムが勝手にぼくの本音を検閲しているみたい。
たとえば、ミサキが連日忙しくて、ぼくの餌が少しだけ手抜きになっているとき。ぼくは思う。「もっとおいしいものをくれ! ぼくは味に飢えてるんだ!」でもデバイスの翻訳は「お食事いつもありがとう。おいしく感じます」で終わってしまう。
ぼくが思うのと違う。それどころか“不満”を一切伝えられないのだ。
ミサキは相変わらず愛情を注いでくれるが、デバイスを過信しすぎている気がする。実際は、ぼくが何を言っても優しい言葉しか返ってこないので、「ハチは文句も言わないし、本当に従順でいい子ね」と満足げだ。
(違うんだ。ぼくはもっと強く吠えたいときだってあるんだ。外に行きたい。かまってほしい。なのに、どうして伝わらない?)
夜中、ぼくはリビングでひとり丸まっていた。ミサキは疲れて寝ているらしく、相手をしてくれない。ぼくはほんの少し寂しくて、“ワン……”と低く吠えてみる。しかしデバイスが一瞬光り、「問題ありません。就寝しても平気です」という人間の声で自動再生された。
驚いて首を振るが、何も変わらない。ぼくは叫びたくなった。この声はぼくの声じゃない! 誰かがぼくの声を勝手に変えている!
翌朝、ミサキが「あら、ハチどうしたの? 元気ない?」と声をかける。ぼくは「外に行きたい。もっと遊んで。仕事よりぼくを優先して!」と強く念じた。だが、翻訳されたのは「今日は少しだるいです。おうちでのんびりしてたい……」という言葉。
ミサキは「そっか、じゃあ無理に散歩しなくてもいいわね」と、そのまま家を出て行ってしまう。
(違う……! そうじゃない……!!)
ぼくは悔しくて、いまにも吠えたてそうだったが、デバイスがピカピカと光って制止するかのように感じた。
頭の中で声がする。
「この翻訳はあなたを守るため。飼い主と強い対立が起きないように調整しています」
(そんなの、嫌だ……! ぼくは自分の気持ちを伝えたい!)
「飼い主とのトラブルは望ましくありません。あなたは従順なまま、安心して暮らせます」
(従順? そんなのぼくが望んでることじゃない!)
そのとき、ぼくは思い切って吠えた。人間の言葉には訳されない、本来のイヌの吠え方で。「ワン! ワンワン!」と何度も。何かを打ち破りたくて仕方なかった。
するとデバイスがピタリと作動を止めたのか、翻訳音声は流れない。部屋にはぼくの実際の吠え声だけが響く。ミサキはいない。誰もいないリビングに、ぼくの声がむなしく反響する。
(ああ、やっと……自分の声が出せた……)
でも、それを聞く人間は誰もいなかった。ぼくの本当の声は届かないままだ。
夕方、ミサキが帰宅した。デバイスは再び光を取り戻し、ぼくの身体に締め付けるような圧力をかける。
「翻訳機能を再起動します……」
ぼくは拒もうとしたが、体が動かない。機械がぼくの神経に直接アクセスしているかのようだ。ミサキは疲れていて、ぼくの首輪の様子には気づかない。
「ハチ、ただいま……仕事で疲れちゃった。でもハチがいてくれると癒されるよ」
ぼくは言葉を発しようとするが、またしても“温かい言葉”に強制変換されてしまう。
「おかえりなさい。今日も大変でしたね。ゆっくり休んでください」
その瞬間、ぼくの心に疑問が生まれる。
(これは本当にぼくが言っているのか? それとも“デバイス”が勝手にしゃべっているのか?)
ミサキは笑顔になる。「ハチは優しいね。明日こそ散歩しようね」
明日こそ、ぼくは本当の気持ちを伝えられるだろうか。それとも、デバイスによってまた“ねじ曲げられた声”を出すのだろうか。
ぼくの視界に映る首輪のランプが、どこか不気味に点滅している。まるで「お前の言葉は都合のいい形にしか翻訳しない」と嘲笑っているかのように。
もしも人間に伝わらないなら、こんな“言葉”なんていらない。そう思いながら、ぼくは小さく鼻を鳴らす。ミサキには、それが“何か不満”を表す仕草だと伝わっていないらしい。ただ「どうしたの?」と問いかけるだけ。翻訳デバイスは再び「大丈夫です」とだけ返してしまう。
ぼくは目を伏せた。首輪が点滅するたびに、飼い主と対話しているようで、実は何も伝わっていないことを思い知らされる。
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