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2023年9月15日 不登校が本格化し始めた娘を残し、私は大阪へ行った。
2024年9月15日
つまり今日。
Googleフォトが、1年前の思い出をピックアップしてきた。
私は一年前、大阪へミュージカルを観に行った。
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2023年7月
次女が徐々に学校から遠のく。
「夏休み明け、行かないだろうな。別にいいけど」
正直そんな感じだった。
だって、自分を傷つけてまで行って欲しくないもの。
もうひとつ
私も、学校を休みたかった子供だったからだ。
休める家庭じゃなかった。
親に無断で遅刻したり、
成績表の遅刻・欠席欄も自分で誤魔化していたけれど。
(通知表は子供から親へ渡すものだった)
その他にも
親に否定された気持ちはある。
親が嫌いな訳じゃない。
けど、親に受け入れてもらえなかった悲しさがあるから
自分の子供にはしないでおこうと
ずっと思って子育てをしていた。
している。
だって、親と同じことをしたら、私みたいな子供になってしまう。
ごめん、この話はここまで。
いまは、1年前の今日の話。
2023年9月
やっぱり、次女は学校にいかなくて。
日が迫って来ていた。
次女の事が発覚する前に、チケットが当たった
『ヴァグラント』大阪公演
ポルノグラフィティのギター、新藤晴一さんが曲・詩・シナリオを手掛けたオリジナルのミュージカルだ。
9月15日公演は、終演後に晴一さんがトークゲストとして登壇する回だった。
きっと、15日も次女は学校を休むだろう。
けど、行きたい。
子供を放っておいて行くのは、母親失格なんじゃないか?
チケットが当たったのはこうなる前だからしょうがないじゃない。
2023年9月15日
行きの電車の中でもグルグル考えながらも、結局は行く事を選んでいた。
当時はnoteにいなかった。
なんの知識もないけれど、この選択が出来たのは
ただただ、私の愉しみを子供に奪われたくはなかったからだ。
親としては失格なのかもしれない。
そんな思いで劇場に足を運んだのを覚えている。
結果は、
行って良かった。
「ひゃぁー💞」
— 波 (@IzayoiNami) September 15, 2023
って言った瞬間🤭
私叫び声「わー」とか「おぉー」とかになるんだけど、なんか新しいバリエーションが出たわ💞#ヴァグラント https://t.co/LnCElLcybG
たぶん、ここで次女と一緒にいる事を選んでいたら、激しいぶつかり合いの日々もあったのだろう。
今から思うとこの日を境に
仕事へ行く時の次女の昼食が簡単なものになってしまう事への罪悪感も薄れ、次女と遊ぶ気になれなかったらきちんと断ったり。
「冷凍モノや納豆ご飯だけじゃ嫌だったらコンビニへ買いに行けばいい」とお小遣いもちゃんと出している。
・・・好きなYouTuberのネットプリント(コンビニのコピー機で印刷できるブロマイドがある。出てくる絵柄はランダム)目当てにコンビニへ行けるのだから、平日の昼間に出歩くのですら自由にさせている。
結構適当に次女を放り出している。
ただ、他の多くの不登校の子供を持つ親と同じで
「私がこんなだから、子供は学校へいかないのでは?」
と思うシーソーを漕ぎ続けてもいる。
学校へ行くのが全てではないけれど、
本人は学校の友達ともLINE上で繋がっているし。
今学習しなくてもなんとかなるかもしれないけど、
学習の機会を学校に行かなければ逃し続けている事が腹立たしい。
そもそも本人は勉強する気がまったくなく、
それでも高校はなんとなく行きたいらしい。
今、もがいている意味はなんなのだろう?
現代は、生きることに、生活する事に意味がなさすぎる。
と、嘆いても
それは100年前でも同じようなことで嘆いている人がいるかもしれない。
以上、1年前の今日の写真を見て、思っていた事をつらつらと書きたくなったので書きました。
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