言語を習得することで人生が変わる(ポルトガル語翻訳・通訳者 松原マリナさん:その3)
ポルトガル語翻訳の仕事を始めたころ
F:翻訳の仕事をするようになったころのことを教えてください。
FACIL代表の吉富さんと出会って、鷹取に在住外国人のコミュニティがあるから「手伝いに来てくれない?」って誘われたの。
ポルトガル語のできる人がいないからってね。
最初はボランティアだったけれど、翻訳料をもらうこともあった。
はじめて翻訳を依頼された時、「え? 私、こんなの翻訳するの?!」って思った。
吉富さんには「できるでしょ?」って言われたけど、私は「う~ん。どうだろうね……」と。
でも、「やってみたらできるから」って言われて。
やって良かったと思う。
仕事として翻訳することで言葉も覚えるしね。
勉強しなきゃいけないって思った。
まあ、最初の翻訳を今見たらちょっと恥ずかしいかも(笑)。
吉富さんはスペイン語ができたから、翻訳でわからないところがあるとスペイン語に置きかえて教えてくれた。これも助かりました。
きれいに翻訳するよりも確実に伝えたい。
F:ポルトガル語は日本語よりも文が長くなる傾向がありますが、マリナさんの場合、重要なエッセンスを柱に組み立てて伝えているな、と感じます。それは意識してやっているんですか?
翻訳は伝わらないと意味がない。
最近はきれいに翻訳されているポルトガル語を見る機会があるけど、それだけじゃいけない、と私は感じています。
「これが必要」っていうところを、(読み手である)ブラジル人がはっきり理解できないと。
ブラジル人だけではなく、やっぱり外国人に翻訳で伝えるためにそこは大事だと思う。
日本語原稿にはていねいにたくさんの文章が書いてあっても、まず何のための文書なのかが伝わるように翻訳しないと駄目だと思います。
そうしないとブラジル人は「まあ、どうでもいいわ」って思っちゃう。
何のためにこの文が書いてあるのか。目的をはっきりさせて翻訳することが大切だと思う。
他の人が翻訳したポルトガル語の文を読んで、私とSさん(関西ブラジル人コミュニティのスタッフ)とよく批判してる(笑)。「ここちょっとおかしい」って。
F:依頼者からマリナさんの翻訳を「何が言いたいかよくわかる」とほめられたことがあったんです。その時、「翻訳は原稿と同じ文章を作るものじゃなく、相手に意味を伝えることだ」ってわかったんです。
日本語に書いてあるとおり右から左にただ訳してたら、ややこしくなっちゃうのよね。
伝えたいことをはっきり翻訳した方がいい。
たぶん英語でも、その他の言語でもそうだと思う。
自治体から依頼された翻訳とか、日本語をそのまま翻訳してくれって言われることもあるけどね。でも大切なのは読み手に伝わること。
読み手が勘違いしないようにしなきゃ、と思いますね。
二言語習得の難しさ
F:マリナさんは子どもたちにポルトガル語を教える母語教室の活動も長く続けています。子どもたちは「ポルトガル語を勉強してよかった」と思うでしょうか。
最初は厳しかったですよ。
ポルトガル語と日本語と同時に勉強するのは難しい。
でも、やっぱり両方するのがいいと思う。
ただ、親が厳しく言う家庭もあれば、
うちみたいに、簡単なポルトガル語を話している家庭もある。
ちょっと勉強しにきては辞めちゃう家庭もあって。
うちの場合、長女は自分のことを「ブラジル人」と言いたくなかったのよね。だから、「日本語だけ勉強しよう」って。それはそれでよかったと思うけど、もう少しポルトガル語も勉強していたらと思う。
今、一番下の娘がそう感じているの。彼女が韓国に行ったとき、「自分はブラジル人なのに日本語しかできないんだ」と実感した。
「もっと勉強すればよかった」と最近思うようになったのではと、私は感じるの。
少なくとも、そう思ってくれたら嬉しいね。
機会がないと、青少年に言語を教えるのは難しいんです。
まずは本人が「やりたい」と思わないと。
私の場合は日本に来て困ったからこそ、必死に日本語を勉強するようになった。
F:そういう経験がないと二言語を習得する必要性を、自分では気づきにくいですよね。
そうですね。
大人だと「仕事しよう」という気持ちが先にくる。
言語を勉強する必要性は感じない。
そして自分の言語が通じるグループだけに入っていく。
でも、「できない」ことはないと私は思います。
思い切って覚えて! できるなら、すぐにやることです。
すごいですよ! 言葉を覚えたら。本当に。
最初は暗くて、覚えていくうちに気持ちが明るくなっていく。
私の実感です。
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日本からブラジルへ渡った両親のもとに生まれ、ブラジルで日系人として育った生い立ちと日本に来てからの経験を、語ってくださったマリナさん。
ことばの壁に直面しながらも、ポルトガル語翻訳・通訳者として活動してこられたのは、3人の娘さんたちとパートナーのネルソンさんの存在、日本に住む次世代のブラジルルーツの子どもたちへの思いが原動力なのかもしれません。
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