なぜ今、人々はアナログに魅了されるのか?
「幸福な偶然」を求める現代の価値観
アナログが伸びている。日本では、昨年レコードの売り上げが270万枚を突破し、これは3年前の2.5倍にあたる。
米国では、レコードがCDの売り上げを上回り、英国では16年連続でレコードの販売数が伸び、590万枚にまで達している。
フィルムカメラも負けていない。日本ではインスタントカメラの「写ルンです」や「チェキ」が大人気だ。
さらに世界の映画監督もフィルムに目をつけている。今年のアカデミー賞で撮影賞にノミネートされた5本のうちの4本はアナログフィルムで撮られていた。
アカデミー賞に輝いた映画『オッペンハイマー』もアナログ撮影を採用していた。
デジタルが主流の現代において、コストや時間効率が悪そうなアナログがなぜ、トレンドになっているのだろうか。
今回は、その背景に垣間見える現代の哲学について深掘りしたい。
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私たちはテクノロジーの進歩によって「加速(acceleration)」する時代に生きている。しかし、「現代の消費者には『減速(slow down)願望』がある」と説くのは、英国King’s Business Schoolのジアナ・M・エックハート教授らだ。
多くの人々は、デジタル・デトックスやスロー・ショッピングなど、減速することによってこの時代に対処しており、それは個人、環境、企業にとって有益だというのだ。
人々のアナログ志向の高まりも、こうした「スロー」願望の現れかもしれない。フィルムを現像するのは手間だし、お金もかかる。
デジタルのように何千枚も撮るなんてことはできないが、その分一枚ずつ丁寧に、スローに撮影して楽しみ、その瞬間を味わうことができる。
このようなアプローチは、写真をより深く味わう手段となり、多くの人々の目に魅力的に映るのではないだろうか。
実のところ、アナログ愛好家は、かなりの「プロセス愛」の持ち主であるともいえる。レコードを(わざわざ)ショップで購入し、かさばる荷物を持ち帰り、プレーヤーの上に置くという手間を惜しまない。
レコードを再生する際のプツプツという音を聞きながら、くるくる回るレコードを眺め、大きなジャケットを部屋に飾ることに満足を感じる。
彼らはこうした一連のプロセスやスローな経験そのものに、大きな価値を見出しているのだ。
そうはいっても、キレイな写真が手っ取り早く撮れるほうがいいじゃないか、という方もきっと多いだろう(筆者もそう思っていた)。
しかし、アナログ愛好家にいわせれば「手っ取り早い」ということは、美しくも面白くもないのだ。
フィルムカメラでは、時に光の渦巻きや変わった色が入ることがある。想定外のことや意図せぬ事態が頻繁に起こるのだ。
しかし、これらは「Happy Accidents(幸運なアクシデント)」と呼ばれ、アナログ技術の制約は、かえって人々の創造性を刺激するというのだ。
アナログの「限界」感は、それを乗り越えようとする芸術創造の本質に立ち戻らせる。
例えば、1980年代の音楽とファッションシーンに多大な影響を与えた人物であるシンセポップバンド「Visage(ビザージ)」の元メンバーであるラスティ・イーガン氏は、ミスから生まれる偶然の美しさを強調している。
デジタル技術によって完璧に仕上げられた音楽にはない、人間味や独自性が、アナログ機器の魅力なのだという。
さらに、アナログは習得が難しい。集中力、能動性、そしてスキルアップが要求される。アナログの私たちへの要求は、なかなか過大なのだ。
しかし、それがむしろ、便利な世の中で私たちが普段感じにくくなっている達成感や喜び、楽しさを味わわせてくれる。
アナログは、私たちを巨大市場の中での消費の客体から能動的な作り手、クリエイティブな人間へと変貌させる後押しをしてくれるのだ。
アナログ人気は、単なるレトロ趣味ではない。それは、結果ではなく過程を創造的に楽しむという「人間臭い」営みの現れなのだ。
スローに、五感を働かせて、一つ一つ作りこみ、「失敗」も楽しむ。いや、むしろそれを失敗ではなく、「幸運」として捉える。そんな生き方は、きっと今の時代を生きる人々の新しい価値観を示しているといえよう。
参照元: 「IDEAS FOR GOOD」Webサイト
以上