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【長編小説/障害/もう一度あの場所に①】

*適宜編集加えます。

冒頭シーン

「母さん!」身なりの綺麗な30代のスーツ姿の男性が、少し薬品の匂いがする病室へ駆け込んだ。

50代の痩せこけた女性は呼吸器を付けている。

目を開け、「おや、来たのかい」とニコりと笑顔になるとシワに沿って涙が落ちた。

「今までごめんよ!俺、仕事ばかりで昇進しか考えて来なくて会いにこれなくて、俺は-」

常夜灯が男性の横顔を照らす。首筋に痛々しい傷跡が顔を覗かせている。

「あぁ、ありがとう、やっと母さんに言いたかったことを伝えられた」

「私も自分が誰なのか忘れかけましたが、これが正解だったみたいですね」

女性は一息溜めて「じゃあ、もういいんですか」と尋ねる。

「思い残すことはないよ」

男性は大勢の人に見送られながら天にまで続くような白い階段を登って消える。

女性は我に返り、「今、私なに考えてたんだろう」と呟いた。
どうやら周りの人も同じように空を見上げ思考がまとまっていない様子だ。

でも、胸が熱くなっていることだけは分かる。


「変な夢だ」

春香は瞼を擦りながら、今見た現実のように五感を鋭く感じる夢は初めてだ。

「ま、夢は夢だ」

カーテンの隙間から雲一つない青空が広がっていた。

横を見ると夫と娘が寝息を立てている。

思わず笑みが溢れる。
もう一度夢の中に入ろう。春香は静かに布団の中に潜った。



プロローグ

春香は幼い頃から家族の中で孤独を感じていた。

彼女の兄は公認会計士としての道を歩み始め、両親から常に褒め称えられていた。

直樹が学校でトップの成績を収めるたびに、両親は彼を誇りに思い、家族全員で祝うのが常だった。

しかし、春香がどんなに頑張っても、彼女の努力は決して認められなかった。

ある日の夕食時、直樹が全国模試で1位を取ったことを報告すると、両親は歓声を上げ、彼を称賛した。

その時、春香は「数学のテストで80点を取ったよ」と報告したが、父は新聞から目を離さずに「もっと頑張りなさい」とだけ言った。

その夜、春香はベッドの中で涙を流しながら、「私はどうしていつもこうなんだろう」と自分を責め続けた。

学校でも、春香は常に孤独だった。

友達が少なく、成績も平均以下で、教師からも期待されていなかった。

春香は「私の存在なんて誰も気にしていないんだ」と感じる日々を送っていた。



第一章

序盤

春香は大学を卒業し、新しい会社に就職した。

しかし、現実は期待とは大きく異なっていた。新しい環境での業務は厳しく、上司からのパワハラや同僚からのモラハラに毎日苦しんでいた。

上司の田中部長は、些細なミスでも大声で怒鳴りつけ、同僚たちは陰で春香を笑い者にした。

毎朝、春香は「今日もまたあの地獄に行かなければならない」と重い気持ちで出勤する。

春香の職場での生活は、ますます苦しいものになっていった。

昼休みには一人で食事を取り、誰とも話さずに過ごすことが多かった。

心の中では、「自分はここにいても意味がないのではないか」と思うようになっていた。

仕事のミスが増えると、上司からの叱責はますます厳しくなり、同僚たちの視線も冷たくなっていった。



中盤

ある日、春香は田中部長に「君は本当に使えないな」と冷たく言われ、その場で涙がこぼれ落ちた。

限界を感じた春香は、トイレに駆け込み、泣き崩れた。

「もう無理だ、ここにいるのは苦しい」と思いながら、心療内科のドアを叩いた。

医師に診断された結果は「うつ病」。

春香は薬を処方され、何とか仕事を続けることにしたが、心の傷は深まるばかりだった。

家に帰っても、家族は春香の苦しみに気付かない。両親は兄の話ばかりをして、春香の存在を無視しているかのようだった。

「私のことなんて、誰も気にしてくれないんだ」と春香は思い、心の中でますます孤独を感じていった。

部屋にこもり、暗闇の中で泣く春香の姿がそこにはあった。



一章の終盤

家族との関係もさらに悪化していった。

ある日、春香が体調を崩して寝込んでいるとき、母親は「そんなことで休むなんて、やる気がない証拠よ」と冷たく言い放った。

その言葉に春香はショックを受け、「私は本当にダメなんだ」と自分をさらに責め続けた。



第二章

序盤

そんな春香にとって、唯一の希望は同僚の真由美の紹介で出会った男性、直哉だった。

直哉は春香の苦しみを理解し、優しく接してくれた。初めてのデートで、直哉は「君がいるだけで、僕は幸せだよ」と言ってくれた。

その言葉に春香は涙があふれ、「こんな私を必要としてくれる人がいるんだ」と初めて感じた。



直哉との回想


春香はデートの度に直哉との時間が特別であることを感じた。

二人は公園を散歩して未来を語り、映画を観て泣きじゃくる直哉を愛おしく感じた。カフェで架空の話で浮気をしたらどうするかといった会話で大喧嘩に発展したことも。

直哉の優しさに触れるたびに、春香は少しずつ心を開いていった。

ある夜、二人は星空を見上げながら語り合った。

直哉は春香の目を瞬きせず見つめ「春香、君のことをもっと知りたいんだ。君の全てを」と言った。直哉の片手にはティファニーの指輪が握られていた。

その言葉に春香は胸が熱くなり、「ありがとう、直哉。私もあなたに出会えて本当に良かった」と涙を流した。



中盤

春香と直哉の関係は順調に進み、二人はデートを重ね、絆を深めていった。直哉は春香を自分の家族に紹介し、温かい歓迎を受けた。

直哉の両親は春香を優しく迎え入れ、「春香さん、直哉をよろしくね」と微笑んだ。その瞬間、春香は「ここが私の居場所かもしれない」と感じた。



終盤

春香はある日、自分が妊娠していることに気づいた。

恐る恐るそのことを直哉に告げると、直哉は涙を流して喜び、「僕たちの赤ちゃんだね」と言って春香を抱きしめた。

二人は新しい命を迎える準備を始め、春香は初めての母親になる喜びを感じた。

そして、娘が生まれた時、春香は「生まれてきてくれてありがとう」と涙ながらに娘に語りかけた。

直哉も娘を抱きしめ、「僕たちの家族だ」と涙目で話しかけた。



第三章

序盤

春香は幸せな日々を過ごしていた。夫と娘との絆が深まり、『理想の家族』としての時間が充実していた。

ある日、春香は昼までに仕事を終わらせ、夫と娘とのデートの約束時間に遅れそうになり、公園へ急いで向かっていた。



過去

公園を走り抜ける春香は、公園の脇で泣いている女の子を見て、ふと子供の頃の自分を思い出す。

家族に無視され、孤独な日々を過ごしていた幼少期。
どこにも居場所なんて無く、血が出るほどひたすら歯を食いしばりながら耐え抜いた日。

公園で泣き疲れた自分に寄り添ってくれたのは、近所の優しいおばあさんだった。「大丈夫、泣かないで」と言いながら、オレンジジュースを差し出してくれたその瞬間が、春香の心の中で唯一の救いだった。

そんな温もりが今の私の手の中でしっかりと鼓動している。

「大丈夫?」
女の子はオレンジジュースの缶ジュースを受け取り「うん」と首を縦に振る。



ショッピングモール

娘の莉奈の誕生日が近づいていた。

春香はいつも娘のために特別なプレゼントを用意するのを楽しみにしていた。

今回は特に気合を入れて、莉奈がずっと欲しがっていた靴をプレゼントすることに決めていた。春香はショッピングモールに向かい、靴屋で莉奈のために完璧な靴を見つけた。



プレゼント

靴屋で春香は娘の莉奈の好きな色の靴を選び、店員に「この靴にメッセージを入れることはできますか?」と尋ねた。

店員は微笑みながら「もちろんです。どんなメッセージを入れますか?」と答えた。

春香は少し考えてから、特別なメッセージを店員に伝えた。

その内容はまだ明かされていないが、春香の顔には満足そうな微笑みが浮かんでいた。

靴を包んでもらい、プレゼントの準備が整った春香は、莉奈の誕生日を心待ちにしていた。そのプレゼントには、春香の愛と感謝の気持ちが込められていた。



過去への投影

プレゼントを片手に公園へ急いで向かっていた。

横断歩道の信号が赤に変わりそうだったが、莉奈の笑顔溢れる顔が早く見たくて、歩道を渡り切ろうとした時

急なスピードで走る車が春香に向かって突進してきた。

瞬間、彼女の手から離れた莉奈への誕生日プレゼントの靴が宙を舞い、その瞬間がスローモーションのように感じられた。

莉奈への靴が宙を舞う様子を見ながら、春香の意識は遠のいていく。目の前が暗くなり、彼女は倒れた。



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