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【書評】「経済政策で人は死ぬか?」緊縮財政による大量殺人に警鐘を鳴らす一冊
「健康より財政を優先させると、国の発展にとって最も重要な資源――すなわち国民――に危害が及ぶのである」p105
「どの社会でも最も大事な資源はその構成員つまり人間である。したがって健康への投資は好況時においては賢い選択であり不況時には緊急かつ不可欠な選択となる。」p244
日本では長らく医療費増加が問題視され、医療費削減が声高に言われ続けています。
しかも今年はコロナ禍。この連休では賑わいが戻ってきているようですが、次々とコロナ倒産も報告され、当分の不況が懸念されます。
不況ではみんなの所得や消費が減りますから税収もおそらく減ります。しかも給付金の大盤振る舞い済み。これでは財政の余裕はなさそうです。なおさら医療費の見直しが主張されそうな状況と言えるでしょう。
財政緊縮策ではなく財政刺激策を支持する本書
確かに、不況で財政難となると、景気が回復するまで医療や福祉にかかるお金を節約して我慢するのは仕方ない気がしてしまいます。つまり、財政緊縮策です。
給与明細で大量に引かれている社会保険料を恨めしく思っている方も少なくないでしょうから、緊縮策を支持する意見が出るのも無理はありません。
しかし、本書は不況時においてもあえて医療や福祉にお金を回す財政刺激策を取る方が、健康被害が少ない上に経済も早く回復することを指摘しています。
明暗が分かれている財政刺激策と財政緊縮策
本書では、ニューディール政策、ソ連崩壊、アジア通貨危機、アイスランド金融危機、ギリシャ金融危機などなど、様々な時期の様々な国の過去の事例を挙げ、財政刺激策の財政緊縮策の明暗がいかに分かれているか、これでもかと提示されます。
もちろん、財政緊縮策を採った場合が"暗"です。
財政緊縮策を採ったケースでは、健康被害や死者が出てしかも経済も回復しないというひどい惨状であったことが実際のデータに基づいて指摘されていきます。
ソ連崩壊直後のロシアの悲劇
たとえば、ソ連崩壊直後の社会主義経済から自由市場経済への急速な転換――”ショック療法”――の例は衝撃的です。
ソ連崩壊後のロシアでは実質的に緊縮財政となる市場経済への移行を急いだため、失業とセーフティネット喪失が同時に起きました。その結果、1990年代に平均寿命が急速に低下し、成人男性の人口が数百万人単位で減少したのです。
緩やかな経済体制の移行をした他の東側諸国ではこの傾向が見られないことから、緊縮財政による大量殺人とも言うべき恐ろしい事例です。
医療者も経済政策に注意すべき
少々、公的医療制度を美化しすぎている面もないではありませんが、実例に基づいた本書の緊縮財政策への警鐘は傾聴すべきものと思います。
日本の医療者でも、積極的とは言わないまでも「財政が厳しいのなら仕方ない」と医療費削減を容認している姿勢の方は少なくありません。しかし、それによって、まさしく医療者が守る対象であるはずの人命が大量に奪われる危険性に気づいているでしょうか。
「医薬品の審査はあれだけ厳しいのになぜ経済政策の人体への影響は審査しないのだろうか」p27
本書の指摘するこの疑問の通り、人命を守る医療者だからこそ、政策が人命への与える影響についても注意深くありたい、そう思います。
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