成分のあじ、舌を育てる
味覚や、味覚の重なりを想像する脳と、その知識。
これを鍛えると、人生でたくさん楽しいことが起きる。
私はもともと料理することが好きで、
食べてもらう人がいる時はもちろん作るのは楽しいけれど、
自分のために自分の好みを追求する実験のような時間も、
とても大切で楽しい時間。
もちろんプレッシャーやたいへんなこともあるわけで、
テイクアウトやインスタントを楽しむことも往々にしてある。
だから新しい暮らし方を世界が準備している今、
外食の、それに伴う空間と、spend time。
この尊さが計り知れないものだったのだと今噛み締めている。
ことさら、「ともにありたい」と思う人の存在は尊いもの。
これは「一緒に食べる」だけではなく、
「一緒に想像する」、「同じ味を提供する」もそうだ。
自分だけでも想像して作ってはできるけれど、
閃きやヒントを与えてくれる人やものと出会うと
神経が研ぎ澄まされて眠っていた脳の働きが
1パーセント上がるような気さえする。
あと何か幸せ成分が分泌される。
AHA体験のようなものだと思っている。
例えば最近観た映画なら、
【トランスポーター3】
小説なら、前にnoteにも書いた、
【わたしたちは銀のフォークと薬を手にして】など。
ひとであれば有名どころで言うと
例えば【ariko】さん、最近沸騰中【タサン志麻】さん。
シンプルな驚きをくれる【有賀薫さん】、他にもたくさん。
あとは舌の確かな地元や旅先(あぁ、旅行したい!)の飲食店と、友人たち。
料理は化学ともいうけれど、
特に理系でもないので難しい原理などは分からないし、
それ以外にもはたらいている力があると思う。
完全に形の残る物体ではない、料理。
生の状態から、作りたて、冷めた時、寝かせてからの味。
におい、歯ざわり、見た目などの質感。
それをことばやレシピや写真で的確に象ろうとするものに
遭遇した時に、パブロフ現象は訪れる。
なので私は知らないものを食べる、
自分で組み合わさない食材を人から学んで試す、
知っているものの特性を覚える、
苦手なものを分析する、を意識するようにしている。
生きている間は必ずずっと付き合うものだから、食は興味が尽きない。
余談だけれどその味覚の鍛錬のおかげでか、
「成分」のような要素で味がわかるようになった
と自負している。
あくまで自負。
牛乳と硬水の味の共通点。これはカルシウムかな。
焼き芋や焼きなすの皮の紫の部分の焦げた風味。
アントシアニンかポリフェノールかな。
タウリン、ビタミン、カプサイシン、コラーゲンの味、
うん、なんとなくわかる。共感してくれる方はいるかしら。
これが役に立つ時が来るかは分からないけど、
食べることは生きること、これからもより豊かに人生が楽しめますように。
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