【読書】実力主義から社会的分断へ/「The Tyranny of Merit」から
日本でも小泉政権あたり?から吹き荒れ始めた気がする自己責任論。その論調の背後にはメリトクラシー/能力・実力主義的考え方があるわけだが、その思想が極端に支配的になった米国社会では、勝ち組VS負け組という構図が鮮明に。昨今叫ばれる社会的分断という現象に切り込んだマイケル・サンデル先生の著書。
記事要約
本書の出だしは昨今よく話題になるアメリカ社会における政治的分断のお話。
社会的な勝ち組/Winnersと負け組/Losersが鮮明になった現代アメリカ社会では、各々の社会的成功/失敗は自己の努力や能力次第という能力・実力主義的論調が主流に。
このメリトクラシー的考えを再考する必要があると著者は言うが、そのためにはまず、教育制度を見直す必要があるとのこと。
1.本の紹介
本のタイトルは「The Tyranny of Merit - What's Become of the Common Good」(2020年刊行)で、邦訳は、「実力も運のうち 能力主義は正義か?」。
著者はアメリカ人の政治哲学者で、オックスフォード大学にて博士号を取得後、ハーバード大学の教授となったMichael Joseph Sandel /マイケル・サンデル (1953-) 。
2000年代に行われたサンデル教授の講義「Justice」は、大学で初めてオンラインとテレビで無料で視聴できる講義となり今でもAvailableかつ、著書も出ており、それを以前レビュー。
2.本の概要
本書の出だしは昨今よく話題になるアメリカ社会における政治的分断のお話。社会的な勝ち組/Winnersと負け組/Losersが鮮明になった現代アメリカ社会では、各々の社会的成功/失敗は自己の努力や能力次第という能力・実力主義的論調が主流になっている。Globalisationや経済成長の恩恵から取り残されたいわゆる負け組の間では、そんなエリート社会に対する怒りや憤りが蓄積され、それがトランプのような権威主義的大衆主義者/Authoritarian populistsへの票へつながっているという。
このような社会的仕組みは不断に再生産されており、それが鮮明にわかるのがアメリカ一流大学への進学者の構成。IVYリーグへの入学者の三分の二以上が富裕層の子息(Top 20% of the income scale)となっており、プリンストンやイェール大学では富裕層トップ1%家庭の子息が大半以上を占める。アメリカの大学への進学方法としては試験などを通じた正門(Legacy admission)の他、Donor appreciationという裏口入学があり、それが表面的な原因とはなっているが、実は問題はさらに根深い。
アメリカ社会の政治的分断の本質は、社会格差の急拡大や能力主義的論調にある。例えば教育面を例にとれば、負け組に転落する恐れ/Fear of fallingから多くの両親が子供を名門校へと入れようとするマインドセットが社会的に醸成され、その結果、よりよい大学へ進学するための苛烈な競争(本人も両親も)が生じる。その競争を勝ち抜き名門大学へと進学し、その後良い仕事を見つけた勝ち組やエリート層は、自分の成功はすべて自分自身の努力のたまものと思い上がり/Hubris、負け組は屈辱/Humiliationを感じる。そしてこの勝ち負けの再生産されていく。
そしてこのエリート層による努力すれば成功するという、能力主義的主張/Rhetoric of risingは、負け組にとっては侮辱/Insults以外の何物でもないという。
そしてこのような過度な能力主義的考え方が、過度な資格・学歴主義/Credentialism(どこの大学を出ているか、どんな資格を持っているか等)へとつながる
そもそも能力主義社会の前提として、よーい、どんで一斉スタートを切って、個人の能力や努力次第で勝ち組にもなれるし負け組にもなる、だからあなたの努力次第だよ、というような神話があるが、これは間違いだという。実際、成功を左右するのは個人の努力や能力ではなく、親が裕福であり良い教育を受けられた、たまたま優秀な親の遺伝子を受け継いだ(Genetic lottery)など、個人の努力ではどうにもならない要因が大きい。そんな中能力主義という考え方は、だれにでもチャンスがある、という素敵な考え方などではなく、現状目の前に存在する社会的不平等をあえて肯定する考え方に過ぎない。
このメリトクラシー的考えを再考する必要があると著者は言うが、そのためにはまず、教育制度を見直す必要があるとのこと。ザクっというと、勝ち組のための教育制度となっているという。実際、企業としては、実力如何というより著名大学出身か否かを重視、しかし、その著名大学に入学できるのは試験や学校の成績で抜きんでる必要がある、そのためには勉強できる環境だったり金銭的援助だったり親からの多大なサポートが必要、そのためには家庭が上流階級/勝ち組である必要あり。。。。。という連鎖があるのが実情。
代替案として、最低限の資格を持った人々から抽選で入学者を決めるのが良いのでは?と提案しているが、その心は本書をお読みいただきたい。
3.感想
難しい問題を私でもわかるように簡単にかみ砕いて書かれた大作。You tube上で散見される授業風景や生徒とのやり取りを見ても、サンデル教授って本当に尊敬に値する先生の一人。
抽選で入学者を決めるのが良いかどうかは別として、日本以上に格差が定着したアメリカ社会において、その温床となっている教育制度を大幅改革する必要ありなのは同感。ちなみに当方が住むヨーロッパ小国は、大学の学費は日本人の私から見ればほぼタダ同然、高校時代にある程度いい成績を収めれば、たいていの大学の好きな学部には入学できるというシステム。ただ、卒業は難しいので、多くの人が振り落とされていくシステムにもなっている。
こうなると結局、たとえ抽選制度を導入したとしても、その子が成功するかどうかは、Genetic lotteryや社会ステータスを含む親ガチャが非常に重要という結論にたどり着く気がする。まあ、現時点アメリカではお金がないとスタート地点にすら立てないので、多少ましな気はしないではないが。
最後に一言
なお本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。
あわせて他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。