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雪解けの大地が映し出す「心」のほぐれ④
雪解けが進みはじめる、4月の北の大地。
この地に足を踏み入れるのは、前職の出張以来となる6年ぶりだった。
今年の札幌は記録的積雪で、道や線路の脇に名残と、風の冷たさが頬に触れる。
もうすぐ芽吹き始めるだろう木々たちを眺めながら、旅の目的地まで心が先へ先へと急いでいるのを感じる。
待ち受けていたのは、期待を遥かに超える、気づきと変容だった。
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11.無目的への恐れ
「みなさんの雑談を聞きながら、午後のプログラムを考えていました。次は、みんなで馬場に入ってみましょう。無目的で!」
周りの目を気にして、まだ自分と向き合えていない私たち。ダイアローグの時間になると、真面目に、ちゃんとしやきゃモードが発動する。
オーガナイザーのAmiiさんは、各自の特性を瞬時に見抜き、雑談の中に潜む本音をあぶりだす。
観察力が磨かれる、とはこういう事なのだろう。
無目的
この言葉を聞いて心がザワつく。
やめてくれよと、身体が拒否反応を示したかのようで、その微細な変化を大切にキャッチして、伝える。
「無目的。この言葉に、ざわつきました。」
すると、こう返ってきた。
「ですよね、えすみんは特に。目的を伝えたら、それをやらなきゃってなりますからね。本当はアクティビティの名前も狙いもあるけど、終わるまで言いません。」
マジかよ。
その時間、どう過ごせば良いのだろう。
もちろん、馬場では言語コミュニケーションは禁止。人間とも馬とも、非言語で対話する。
事前のチームでの目標も話し合うことはしない。
お互いが何を狙っているのか、その場で探りながら過ごすのだ。
無目的という言葉が頭を支配する。
今、振り返ってみると、初日からここまで思考優位にコトを進めてきたのだろう。
大きな枠組みは思考で固めて、馬とのセッションは、感覚感性に委ねる。
意識的に止めないと、思考は止まらない。
私の場合は、目的思考、最短思考、そして恐らく「未来思考」も。
予期せぬ未来を求めないようにしていたのかもしれない。「想定」することで、未来への不安を打ち消し、行動する勇気付けにも繋がっていたのだろう。
目的、未来、想定、最短、それはそれは退屈だ。
未来が筋書き通りに進むのだから。
その先へ、想定外へ、心はそれを求めている。
それを、思考が邪魔をする。
どちらも、私自身なのだ。
初日での気づきは、それは脱ぎ捨てるものではなく、認めて意のままに扱うことだったはず。
だから、この無目的アクティビティも、思考ではなく、ハートでキャッチしよう。
そんな思考をしながら、馬場に向かっていく。
ここでも、やはり思考優位なのは、私らしい。
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12.委ねる
馬場に着くと、間髪入れずに、アクティビティが始まる。
「15分間、無目的に、お好きにどうぞ!」
なげーよ。
15分間なんて耐えられない。抗議したい気持ちをグッと飲み込み、4人で無目的の世界へ入っていく。
さあ、どうする?
中にいるのは、キムタクとフワちゃんの2頭の馬と、4人の人間。
ここは様子見と信頼獲得のために、動かない!
微妙に手が動くだけで、馬は反応する。
ピターっと止まることが、こんなに難しいなんて。
ポジショニングを間違えた、ほかの3人の姿が全く視界に入らない。
後部の気配を探っていく。馬のリアクションからの考察もしてみたが、全く分からない。
ひとつ言えるのは、みんな、必要以上に動いていないということ。
馬に近寄る人は誰一人いない。
馬の出方を探っているのだろうと、気配を感じ取る。
どれくらいの沈黙が流れただろうか。
馬が同時に動き始めた。
2頭の目的地は「愛さん」だった。
その様子を観察する。
2頭が動き始める直前、たまたま愛さん以外の3人は当時に動いた。
それを、馬は察知して、動かなかった愛さんの元へ駆け寄ったように見える。本心は知らんけど。
まるで、3頭になったかのような錯覚を覚えた。
愛さんも含めた3頭の動きを見ると、面白い。
みんなで雪遊びをしているようだ。
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この光景に思わず、笑みがこぼれる。
愛さんが、馬にしか見えない。
場が緩んだ。
ここからは、一気に関係性も空気も変わったようだった。
馬たちは楽しそうに走ったり、寝転んだり。
それを見る人間は、ゲラゲラ笑う。
キムタクが笑いをとったら、フワちゃんが嫉妬をしたかのように、邪魔をする。
フワちゃんは、自分が一番でいたいのかな?
「はい、終了!」
Amiiさんの声が鳴り響いた。
なんと、30分も経過していたそうだ。
15分が永遠に感じるのではと、不安だったスタート時からは考えられない、時間の経過。
「どうだった?」
この問いかけに、Amiiさん含めて5人で語り合う。
空気が変わってから、リラックスして、触れ合わなくてもその場にいるだけで楽しかった。
みんなが感じていた心地の良さだったようだ。
無目的だって、楽しめる。
自分で決めなくても、その場の雰囲気に身を委ねて、感じる。それだけで良いのだ。
気負うことなんてない。
目的をインプットすると、どうしても身体に力が入る。そうでなくても、私は肩や背中が痛くなることがあり、心理的にいろいろと背負いすぎが原因なのだ。
もっと力を抜いて良いし、目的なんてラフで良い。
なくったって良い。
社会に出ると、目的やWhy?を問われるから、知らない間にコトを始める前提として目的を置いてくることが、当たり前になっていたことに気付く。
このアクティビティから、ホースコーチングへの向き合い方が明らかに変わった。
前提も、制限も、使命感も、全部置いて、ただ身を委ねてみる。未来ではなく、今を感じる。
本当のマインドフルを体感したようだった。
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13.リベンジ
「さて、解れたところで、午前中のアクティビティの延長やってみようか?」
きっと、解れたのは私だけではなかった。
目的を伝えられたら、真面目に取り組むのが4人の共通点だ。
「4人とも真面目!堅い!」と、何度声がけされただろう。
ぜーんぶ、見透かされている。馬だけでなく、Amiiさんにも。
今回は午前中とは逆の順番で始まる。
私は一番最後にアクティビティに取り組む。
正直、安心した。
ほかの3人と、フワちゃんとのセッションをじっくり観察できる。
事実と主観を分けながら、私なりに、フワちゃんのメッセージを読み取って行く。
ついに回ってきた順番。
深呼吸をしてから、ゲートをくぐる。
同じ轍を踏まないのが、信条だ。
ゆっくりと、心の中で30秒数えた。
その間、微動だにしない。
カウントが終わると、ゆっくりとフワちゃんに近づく。彼のサインに細心の注意を払いながら。
ゆっくり、ゆっくりと。
急ぎたい気持ちが出てきたら、呼吸に意識を向ける。鼓動が高鳴ったら、深く呼吸する。
その繰り返し。
8メートル程まで近づくと、フワちゃんが近くに来てくれた。嬉しさを噛み締めながら、触れてくれるのを待つ。
あくまでも待ちの姿勢。
されるがままに、ここでも微動だにしない。
せっかちを必死で制御する。
そして、フワちゃんに触れる。
その時間がたまらなく幸せだった。触れたかった。
温もりを感じ、何かがとけていくのがわかる。
「ラブラブだったね。羨ましい。」
終わったあとに、れいちゃんが駆け寄って声をかけてくれた。
午前中からすると、誰がこんなことを想像できたろう。まるで別人だ。
このアクティビティからの学びはなんだっただろう。
プログラム内容については、ネタバレするわけにはいかない。
ひとつ言えることがある。
素直にフィードバックを受け入れて、高速PDCAを回して、驚くべき変容を遂げることができたのも、また、私らしさだということ。
ハートに委ねる。思考の癖は、意図的に止める。
思考の奥の奥にある、本当の私らしさを垣間見る。
健全なる自己否定と、自己変革。
変に自己否定してしまったりもするけど、特性は素晴らしいスキルとして受け入れよう。スキルを無駄遣いするのではなく、向かいたい方向性に対して、どう使いこなすのか?それが大切なんだ。
「馬は、今その瞬間の、その人に向き合うの。長期記憶はあるけど、過去に執着しない。変化したら、それごと受け止めてくれるんだよ。」
人間もこうだったら良いのに。
一度、苦手意識を持つとなかなか払拭できない。第一印象が全て、という本まであるくらいだ。
こうありたい、そう願えば、その方向に自分を変容させられる。
過去に執着せずに、今と向き合って、冷静かつ情熱的に味わって生きていきたい。
大きな気づきを得た、アクティビティだった。
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そして、馬たちに緩ませてもらった心で、自己開示が深まっていく・・・
次回に続く。
https://note.com/esumin/n/n14bece26dac9