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【塩水の不思議な世界】高性能なリチウムイオン電池を目指して
塩水と聞くと、海水や料理といったことを思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、実際は塩水(電解質)には非常に面白い特性があるといわれており、2022年現在でもいまだに研究が進められているんです。
今回は濃厚な塩水に潜む不思議な世界について紹介したいと思います。
これまで何度か紹介していた記事もありますので、よければそちらもご覧ください。(第1回、第2回、第3回、第4回)
濃厚な塩水の何がすごい?
詳細は過去記事を読んでいただければと思いますが、過去記事を読むのはめんどくさいよ!という方もいると思うので簡単に紹介しておきましょう。
私たちが知っている塩水は比較的薄く、科学の世界では希薄と呼ばれる状況です。
これは研究者たちにとっても同じで、これまで研究の世界でも濃厚な塩水については考えられてきませんでした。
一般的に濃い塩水の中では、物質の表面に生じる電気的な影響力は弱くなると考えられてきました。※
そんな中、約10年ほど前から徐々に発見されてきた新事実として、濃すぎる塩水では逆に電気的な影響力が強くなるということがわかってきたんです。
だから何だよ?と思われるかもしれませんが、この水溶液中での電気的な影響力というのは、ナノスケールの小さな物体を制御するために使うことができるんです。
つまり、この濃厚な塩水のことを理解すると、新しい材料の創生や、高性能な電池の開発、細胞やたんぱく質の動きを制御した薬など様々な分野で役立てることができます。
水とイオン液体の混合溶液
これまでの研究の流れは過去記事に任せるとして、今回は水とイオン液体の混合溶液について紹介したいと思います。
初めて発見されてから約10年間、様々なイオン液体や電解質(例えば塩水)について同じような現象が起こることが実証されてきました。(イオン液体とはイオンのみで構成された液体です。)
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一方で、イオン液体と水が混ざった液体についてはいまだにわかっていませんでした。なぜなら、液体の中身がより複雑になってしまうからです。
今回はこれまで同様に力学的な方法で、イオン液体と水が混ざった構造について調べられました。
ちなみにもう少し具体的に説明するとリチウムイオン電池に利用されるLiTFSIと呼ばれるイオン液体を水と混ぜ合わせた溶液について詳細に調査したという研究ですね。
液体の構造が明らかに!
液体の構造というと、少し意味不明な感じがしますよね。そもそも液体とは流動性がある物質の状態を言っているのに、構造なんてあるわけないじゃん!と思うでしょう。
確かに、液体の中ではイオンや原子、分子といったものが自由に動き回っているんですが、一部局所的に決まった構造をとることがあります。
そのわかりやすい例としては液中の固体表面に現れる電気二重層でしょう。
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(水色のエリアは液体だが表面に一番近いところで+のイオンが集まってきている)
固体表面の電気的な偏りから、液体中のイオンが集まってきて決まった構造をとることが知られています。
今回の研究では、その液体の構造を調べて、何が起きているのか明らかにするものでした。
測定の結果、固体表面でイオン液体と水は下のような交互に層を作る位置関係に配置していることがわかりました。
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イオン液体は混合液中でLiイオン(カチオン)とTFSIアニオンに別れ、Liイオンは周りの水を引き寄せます。そして主にLiイオンと水分子でできた層と主にTFSIアニオンが存在する層ができるということがわかりました。
これは表面間の反発力や引力を調べた力学的な方法で明らかになりました。目にも見えなければ顕微鏡を使っても観察することが困難な液体の構造がわかったというのは非常に面白いですよね。
最後に
かなりマニアックな論文の紹介だったのですが、今回の研究で結局何がわかったの?と思われる方もいるかもしれません。
少々説明が難しいところもありましたが、要はこれまで知られていた電解質やイオン液体中の構造に加えて、水とイオン液体の混合液についても新しい知見が得られたというのがこの研究の肝になるところです。
そして、これまで以上に重要視されていくバッテリー業界に新しい革新を生むかもしれない高濃度電解質の研究はこれからも続いていくでしょう。地味で目立たない研究領域かもしれませんが、こんな研究が世界を変えていくんでしょうね。
※電気的な影響力:遮蔽長、電気二重層の厚さ
参考文献
Surface Forces and Structure in a Water-in-Salt Electrolyte
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.jpclett.0c03718