X線を使ってタンパク質のリアルなふるまいを調べる
タンパク質(プロテイン)というと筋トレする人が飲んでいるやつを想像するかもしれません。
しかしタンパク質は私たちの体を作る重要な物質であり、その複雑な構造は現代でも不明な点が多いとされています。
タンパク質はサイズは非常に小さくナノメートルスケールです。これは光学顕微鏡で見ようと思っても、その微細な構造までは判別することができません。
ここではMD-SAXSと呼ばれる新しい手法を用いることで、溶液中で自由に動き回るタンパク質のリアルな姿を調べることができるという紹介をしたいと思います。
これまでの研究:X線回折とNMR
これまでタンパク質の構造はX線回折やNMR(核磁気共鳴)等を用いて決定されてきましたが、いずれもいくつか弱点があります。
X線回折の場合はタンパク質を規則正しく並べた結晶にする必要があります。しかしながら良質なタンパク質結晶を作るのは非常に難しく、なおかつ形が折りたたまれた状態で整列するため、細胞中でのタンパク質の自由なふるまいとは少し異なっています。
X線回折(この斑点から構造を調べる)
https://ja.wikipedia.org/wiki/X%E7%B7%9A%E5%9B%9E%E6%8A%98より引用
NMRでは大きなタンパク質になると解析が難しくなるそうです。とはいえ、NMRはとても強力な手法のようで、こちらとの比較は後述します。
MD-SAXSとは
タンパク質を生きたまま見る手法としてMD-SAXSと呼ばれる手法が最近注目されています。(生きたままというと少し語弊がありますが、液中でのふるまいが見れるということです。)
MD-SAXSとはMD(分子動力学計算)とSAXS(X線小角散乱法)を組み合わせた方法で、理論シミュレーションと実験を合わせた新しい手法です。
分子動力学(MD)計算とは、原子や分子の動きを古典的な運動方程式をもとにして計算する方法で、物質の反応やふるまいの時間変化を調べることができます。少しわかりにくいかもしれませんが、物質に力を加えると動き出したり向きを変えたりするという基本的な運動をとても小さな原子スケールで計算してみるということです。
この計算手法は材料研究のみならず、生物学や産業界といった幅広い領域で使用されています。
https://kogence.com/app/docs/File:JobT794-03.gifより引用
X線小角散乱(SAXS)法とは、X線散乱の1つで原子よりも少しだけ大きなナノスケールのものを見るときに使われる手法です。
X線小角散乱(SAXS)に関してはこちら▼
何がわかるのか
MD-SAXSでは、SAXS法によって溶液中で自由に動き回るタンパク質を散乱像を取得します。この実験データとタンパク質の構造からMD計算した理論的な散乱像を比較して、最も現実に近いものが答えになります。ここでのSAXS法自体はそれほど難しい測定を必要としないので、溶液中でのタンパク質のふるまい(挙動)を知ることができます。
簡単なように見えますが、これを実際に行うのはとても大変なことだと思います。
また、SAXS法ではタンパク質の大きさといったグローバルな情報を得ることができます。そのため、実験で得られたグローバルな情報から、MD計算を用いて実際の姿を絞り込みます。
一方で、NMRも理論シミュレーションと組み合わせた手法が開発されており、こちらもタンパク質のふるまいがわかるようです。しかしNMRはSAXSとは異なり、タンパク質を構成する原子間の関係を強く反映するため、ローカルな情報から実際の姿を絞り込んでいくようです。
そのため、MD-SAXSとNMRのどちらがいいとかではなくて、それぞれの強みを生かしてタンパク質のリアルな構造を明らかにしていきます。
どちらにしても、タンパク質という巨大な分子の姿をとらえることができる優れた手法なので面白いですね。
最後に
X線小角散乱(SAXS)という材料工学でも少しニッチな測定手法ですが、最近は目覚ましい進歩を遂げています。
SAXSを使った新技術に興味がある方はぜひこちらもご覧ください▼
私自身SAXSを使った新しい手法を開発しているので、少しでも素晴らしい技術に近づけられるように頑張りたいですね。