氷点下でも魚が凍らない理由~不凍タンパク質~

私たちが目にする魚は極寒の海で泳いでいても凍ることはありません。当然のことのようですが、よく考えてみれば不思議です。

これは魚が特別なタンパク質を持っており、それが血液の凍結を防いでくれるため元気に泳ぎ回ることができようです。

今回は、そんな特殊なタンパク質(不凍タンパク質)と氷の結晶成長の関係について紹介します。


どうして極寒の海でも魚は凍らないのか?

水は0℃で凍るといいますが、海水は-1.8℃で凍り始めます。塩分濃度によっても変わるため実際はもっと低い温度にならないと凍らないようです。

一方、魚の血液は-1℃ぐらいで凍ってしまうので、普通なら極寒の海では海が凍るよりも先に魚の血液が凍って死んでしまいます。しかし、実際魚は極寒の海でも元気に泳いでいます。

これには魚の血液中に存在する不凍タンパク質と呼ばれる物質がカギになります。


不凍タンパク質とは

不凍タンパク質は不凍物質と呼ばれる水を凍りにくくする物質の1つです。他にも不凍多糖と呼ばれる糖類などもあります。
一般に水に塩を入れると凍りにくくなるという現象が知られています(凝固点効果)が、それに比べても不凍タンパク質は氷の成長を顕著に阻害してくれます。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Antifreeze_proteinより引用(虫の不凍タンパク質)

この不凍タンパク質は昆虫や植物の中にも発見されており、極寒の地に生息する変温動物や植物は凍りにくい仕組みを持っています。

不凍タンパク質が氷の成長に与える影響

不凍タンパク質は氷の結晶にくっついて結晶成長を阻害します。
血液中にでできた氷の結晶は周りの液体の水を取り込んで大きくなるわけですが、水分子よりもはるかに大きな不凍タンパク質が結晶表面にくっついていると新しく水分子を取り込むことができなくなります。その結果、血液中の氷の結晶は大きくならず、血液の凍結が抑制されます。

もう少し詳しい話をすると、氷にはベーサル面、プリズム面、ピラミッド面という結晶面が存在します。

不凍タンパク質

https://academist-cf.com/journal/?p=4410より引用

不凍タンパク質は主にピラミッド面とわずかにプリズム面に選択的に吸着して結晶の成長を阻害します。すると水分子は不凍タンパク質のある面には取り込まれないため、ベーサル面がどんどん成長していきます(図中上下方向)。その結果、氷の結晶の形は普段私たちが知っている平らな雪の形とは異なる12面体の細長い形になります。

そして細長い12面体が出来上がると氷はそれ以上大きくならないようです。


何の役に立つの?

極寒の海で魚が凍らないことが私たちの生活にどんな役に立つのでしょうか?

実は、不凍タンパク質とはじめとする不凍物質は食品分野で注目されています。
食品を長期間保存する方法として冷凍するというのは誰もが知っていることでしょう。しかし水を多く含むものを冷凍すると、氷の成長に伴って組織が破壊されてしまいます。

これを冷凍障害といい、食材の品質を著しく落としてしまいます。冷凍すると、パンがパサパサになったり、肉や魚からドリップ(汁)が出たりするのはこの冷凍障害によるものです。

そのため、なるべく組織が凍らないように低温で保存することができれば、私たちの食はもっと豊かになります。そこで不凍物質を用いて組織内の水が凍りになるのを防げば、低温保存が可能になります。

また最近では、航空機の表面に不凍物質を塗布して翼が凍り付くを防いだり、臓器移植の際に組織を傷つけずに冷蔵輸送したりと期待される幅は広いようです。

最近では、この不凍タンパク質と同じような性質を持つ不凍多糖の研究も進められています。こちらも巨大な有機分子ですが、どうやら安定性など点ではタンパク質よりも扱いやすく注目されています。


最後に

生き物の仕組みって本当に不思議ですね。
進化によって獲得したのか、もともと持っていたから適用できたのか、生物学は詳しくわかりませんが生き物の歴史にも興味を持つようになりました。

そして高い知能を持つ人間は、他の生き物のいいところを真似して学んで進化する。
他の生き物の能力が科学技術で使えるようになる人間はある意味かなりチートな生き物かもしれませんね。

とはいえ、人間は自滅しがちな生き物なので、暴走せずに環境に気遣って生きていかないといけないとは思いますが…

おまけ:「雪は天からの手紙」

氷の形(つまり雪)を研究したのが、中谷宇吉郎先生です。
結晶成長分野では知らない人はいないとも思われる中谷ダイヤグラムでは雪の結晶の形について記されています。

画像2

http://www.pref.toyama.jp/sections/1711/yuki/course/course_crystal.htmlより引用

温度や水蒸気量によって雪の結晶の形が変わることから中谷先生は「雪は天からの手紙」という言葉を残しています。つまり、地上にたどり着いた雪の形をよく観察すると、その空の状態がわかるということです。

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