Food|不恰好なパンが焼きあがったら「愛情を込める」の本質に気付いた
自家製天然酵母のパンに憧れて早3年。ついに、ようやくパンが焼けました!
不格好だけどいいんです。はじめて、これだけちゃんと膨らんだんですから!
天然酵母のパンとの出会いと格闘
さいたま市浦和区にある「畑のコウボパン・タロー屋」に取材にいって以来、自然にある酵母菌を発酵させて天然酵母を育てて、その酵母液でパンを焼くということに憧れていました。
取材では、タロー屋の星野太郎さんがリンゴの酵母の育て方も取材したこともあって、タロー屋さんの著書『春夏秋冬 季節の酵母が香るパン』(グラフィック社)を購入し、さっそく挑戦したのが2018年1月のこと。
ビギナーズラックなのか、最初にしてはそれなりに”パンぽく”仕上がったのをいいことに、リンゴの季節になれば酵母を育ててパン作りに挑戦してきました。
しかし、2回目以降、なかなかうまくいきません。生地の捏ね方がいけないのか、水分の量が多くて初心者には難しいレシピなのか、発酵の温度が低いのか、いろいろと試したのですかうまくできないのです。
寒いのがいけないのかなと、リンゴの季節からすこしずれる5月くらいに挑戦したこともあったのですが、元気な酵母を作ることができず。焼き上がりで膨らまず、ベレー帽のような形になって、食感は蒸しパンのような重い食感になってしまったりと、ずっと失敗を繰り返してきました。
(見るも無残な失敗例。恥ずかしい……)
タロー屋さんのレシピは、リンゴから起こした酵母液をそのまま小麦粉と混ぜて捏ねる、ストレート方式を採用しています。一方、多くの天然酵母パンは、酵母液に強力粉を加えて作った元種でパンを発酵させます。
ストレート式は元種よりも酵母の力が弱いので、しっかりと酵母を活性化させるのが大事なのですが、これがなかなかうまくいかないのです。
パン作りに愛情を注いでみる
そしてこの春、およそ1年ぶりに再挑戦したのが4月28日のことでした。
実は、去年の今頃も、コロナ禍で自宅にいることが多くなったことをきっかけにリンゴの酵母液作りに挑戦していたのですが、途中で元気がなくなってしまって失敗。パン生地を作ることすらできませんでした。
1年ぶりの挑戦にあたって決めたテーマは「愛情を込める」こと。そのためには、「暇があれば瓶にさわる」「昼は窓際、夜は人の周りに置く」ということを毎日忘れずにすることをルールにしました。
酵母を活性化させるには25~30℃くらいがいいみたいで、日中は窓際の温かい場所に置くとよいと言われています。実際タロー屋さんでも、酵母液の便は窓際に置かれています(この光景がなんか美しくて憧れました)。
もちろんこれまでもそれに倣い日中は窓際においていたのですが、会社勤めのころは、時々窓辺に置きっぱなしにして2、3日経ってしまうこともあったのです。今までの酵母を育てるうえでの失敗は、そういった「愛情のなさ」が原因だったのではないかと思ったのです。
そういう意味で、「毎日触る」ということは、毎日瓶の中の変化を観察することになって気付くことが多くなるのではないかと思いました。
今日は、泡がたくさん立ち上っているな
すこし元気がなさそうだな
瓶の蓋が張ってきているように感じる
などなど、さまざまな変化を感じることに繋がるはずです。
もう1つのルールである「昼は窓際、夜は人の周りに置く」というのは、大阪のパンの名店、ル・シュクレクールの岩永歩さんにインタビューをした際に、アメリカ・サンフランシスコの「タルティーン・ベーカリー」で研修していたときの話を聞いたことを思い出してのことでした。
「パンの存在を気配として感じながら仕事をしていた。パンは作るのではなく育てるものなのです」という言葉が強く頭に残っていて、自分たちの暮らしのなかにパン作りがある(酵母を育てている)というのに憧れていました。
そういうパンを自分で作れたらなぁという思いを改めて思い出し、自分が「もう外に出たくないな」と思う頃には瓶を窓際から室内に入れて、なんなら自分の作業机のパソコンの横に置いて、酵母の存在を感じながら生活する。そうすることで、きっと酵母も元気になるのではないかと考えたのです。
1年ぶりの酵母作りに挑戦
4月28日から「暇があれば瓶にさわる」「昼は窓際、夜は人の周りに置く」を守り、瓶内の様子を見ているとリンゴからシュワシュワと気泡が上がってきだしたところで、5月4日、初めて瓶の蓋を空けます。
ものすごい勢いで吹き出すリンゴ酵母たち。とても元気がいいです。とはいえ、6日間瓶をあけていないので、中にガスが充満しているので、これくらい吹き出してきたことは過去にもあります。ここから日に日に元気がなくなっていくのがこれまでよくあることだったので気が抜けません。
案の定、翌日は、吹き出すことはなく元気がありません。ちょっと不安になりますが、しっかり空気を取り込んであげて、明日を待ちます。
そうすると、5月6日には復活。勢いよく吹き出すまでに元気を取り戻します。
酵母を起こし始めてから8日。幸いにもここ数日は気温も高く、発酵にいい気候が続いている。この元気な状態で一気にパン(カンパーニュ)を作ってみようと思い、その日の夜には小麦粉を捏ねて、ひと晩室温で発酵させます。
タロー屋さんのレシピは、水分量が多く、ゆっくりと10時間以上一次発酵に時間をかけています。
翌朝6時、2倍くらいまで膨らむのが理想なのですが、ちょっとふくらみがよわい。ボウルを触ってみると、ひんやり冷たい。夜中は思っていたよりも冷え込んだのでしょう。ここからオーブンの発酵モード(30℃)を使って2時間30分ほど追加で発酵させます。
ガス抜きをして、かごに入れて成型。オーブンの発酵モードを使って2時間ほど、二次発酵。ここでは1.5倍くらい目指します。
オーブンを予熱して鉄板を温めたら、その上にかごから出したパン生地をのせて焼きます。
これまでは、発酵が不十分なのか、捏ねるのが不十分なのかわかりませんが、かごに生地がくっついてしまって、網目がきれいにでないことがほとんどでした。今回は、発酵がうまくいったり、かごに粉をよく振るってから生地を入れたりしたのがよかったのか、くっつくことなく取り出すことができました。
これは初回のラッキーパン以来のこと。成功への期待がたかまります。
焼き上がり。ちょっと形は変ですね。貝殻のような形です。クープ(生地の段階で表面に入れる切れ目)も甘くて、まったく開いてくれないなど、見た目はすこぶる悪いです。
この形、最初、中に変に空気が入ってしまったからそこだけガス溜まりになって形が悪かったのかなと思ったのですが、割ってみるとそうでもなさそう。オーブンの熱の入り方なのでしょうか。
中の気泡は思ったよりも密集していて、おいしそうです。焼き上がりは不格好でも、切り分けてみればまったく問題ありません。
食べてみると、長時間発酵していることもあって味の強さ、うま味があってかなり好みの味にできあがりました。リンゴ酵母由来のほんのりとした香りも感じられます。
うんうん、おいしいぞ。
愛情とは「対象を観察して変化に気付くこと」である
およそ3年間、酵母液を作るのに失敗することもあれば、酵母液ができてもうまく焼きあがらなくて、まったく成功する気配がなかった僕のパン作りに、一筋の希望がみえてきました。最大の要因は元気な酵母を作ることができたことだと思っています。
小麦と水の力もおいしさの要因であり、直接的な食材なので注目しがちなのですが、パンは酵母の存在もかなり大きいことが実態をもって理解できたことも収穫です(だから自然酵母パンが人気なんですよね)。
そしてもっとも発見だったことは、同じ季節に同じやり方で酵母を起こそうとしても「暇があれば瓶にさわる」「昼は窓際、夜は人の周りに置く」をやるかやらないかで、酵母の発育に大きく影響が出てくるということです。
そう考えるともう生き物を育てるのと一緒なのかなと思ったりします。
酵母は目に見えないものですが、やっぱり一緒に生きている存在として、毎日丁寧に見てあげて、近くに置いておくだけで、こんなにも違ってくるのですから。
僕は「愛情込めて料理を作りました」というのはまったく信じないタイプで、「愛情よりも理屈を込めろ」と思ってしまうのですが、今回の酵母液づくりを改めて「愛情を込めて」やってみてで、かなりの成果を得られてことを考えると、僕の考えはちょっと違う部分があるのかなとも思うようになりました。
「愛情込めて作ると料理はおいしくなる」というは、一理あるのかもしれない。
確かに「暇があれば瓶にさわる」「昼は窓際、夜は人の周りに置く」をしたことで酵母液の状態の変化にとても敏感になりましたし、瓶のなかで何が起こってるのかを想像するようになりました。
最後の方は、ガスがたまりすぎているかもしれないから、いつもより2時間くらい時間が早いけど蓋を開あけてみようとか、そういう判断はこれまでにはなかったことです。
「暇があれば瓶にさわる」「昼は窓際、夜は人の周りに置く」ことを毎日続けたことで、変化に気付くようになったのです。そう、それが愛。
僕は今回のパン作りで、「愛情を込める」という言葉の本質は、「対象を観察して変化に気付くこと」であることを学んだのでした。
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明日は「Event」。シードルイベントに参加したことを書きます。