■大河ドラマ『光る君へ』をめぐる旅⑥―国宝「道長の経筒」に会いに行ってきました
えりたです。
「本物の迫力」というのは言葉に尽くせぬものです。以前、名古屋にある徳川美術館で【義元左文字】を間近に見たことがあります。あのときの「ぞくり」とナニカが背筋を走った感触は未だに忘れることができません。
そこにそっと佇んでいるだけなのに、怜悧な覇気を発しているような。「刀で斬る」ことの本質を、身体の芯に冷え冷えと突き刺してくるような。そんな存在感が無言の圧をまとって、身の内を走り抜ける。今思い返すだけでも、背骨にぴりりときます。
そんな出会いがあってから、私は時折「本物」を見に出かけるようになりました。「本物」だから語りかけてくるモノ。「本物」だから感じられるモノ。
今回した旅も、そんな感覚をこの身に詰めたくて出かけたのでした。
■大津市歴史博物館
■京阪電車に乗って
大津市歴史博物館は、琵琶湖の近く、京阪電鉄石山坂本線「大津市役所前」駅から幾許か歩いたところにあります。
この日は、ゴールデンウィークの真ん中にぽこりと発生した平日でした。着いたのが午前中だったこともあり、人通りもほぼなく、また気持ちのよい晴天でもあり、明るく光る景色を身に浴びながら、楽しく歩いておりました。
日傘を差しながら、とてとてと歩いていると、不意に大きな目印が出現し、
そこを右に曲がると、山道が続いています。
私は小学校の頃から名古屋に住んでいます。名古屋って、日本のなかではめずらしく、山がさほど近くにはないんです。
そうして濃尾平野というだだっ広い平地のなかに育っているので、こういった「山が身近にある」、「山登りがデフォ」といった感覚は、すぐにマジカルな体験と化します。
このときも、この道を見た瞬間、誰もいないのをいいことに「うわぁ…超やま。」とわりと大きな、しかも、捻りも何もないひとり言を呟いたのはココだけの話(笑)
でも、「道長どんの経筒」に会えるワクワク感でいっぱいになりながら、ずんずんっと坂道を歩いたのでした。
■琵琶湖がある日常
大津市歴史博物館は
「大津」というと、「近江大津宮」「大津皇子」などの名前を連想します。
ただ、ワタクシは受験日本史のオタクではありますが、ぢつは「地理」が超苦手で…(滝汗)地名や人名は知識として知っていても、それがどこなのか、日本でいうとどの辺りなのかといった地政学的なアレはすこっと抜けているんです。
なので、この日にやってきた「大津」があの「近江大津宮」の「大津」だとは思いつかず…展示を見てやっと知ったというていたらく…そして。
山道を登って、大津市歴史博物館に着いてみると、目の前には琵琶湖が広がっていたのです。
そして、琵琶湖が歴史と共にあったこと―たとえば、近江大津宮が、安土城が琵琶湖のすぐそばで営まれていたこと―がやっとアタマのなかでつながったのです。さらに言えば
日常の景色のなかに「琵琶湖」があるということ。
それはここに住んでいないと分からない感覚だなと思ったのです。それは、この地にとって旅人でしかない私にはきっと分からないもの。
それでも、琵琶湖の見せる風景には、今の自分につながる歴史の積み重ねがやさしく置かれていて。実はかなりの時間、ここでこの風景を眺めていたのでした。
■源氏の間
■紫式部の見た風景
さて、歴史博物館に入るとすぐに「源氏の間」が設えてあります。紫式部が石山寺で月を見ながら『源氏物語』を構想し、書き始めたという伝承になぞらえたものです。
石山寺にも源氏の間はあります。ですが、この大津市歴史博物館では「源氏の間」を自ら体験することができるのです。
まずは、正面からこの「源氏の間」を見ると、こんな感じ。
土日や祝日には十二単体験もできますから、お着物の用意もあります(予約はWEBでできます)。
私が伺ったのはド平日でしたから、もちろん十二単体験はできませんでした。が、「源氏の間」に入ることはできました。しかも、このときはちょうどお客さんが待っておらず、思う存分心行くまで「源氏の間」を楽しむことができたのです。
そうして、うきうきと中に入り、紫式部が使ったという硯のレプリカを見ながら、そこにそっと座って見た景色は。
めちゃくちゃ感動しました(語彙力)。
確か、石山寺ので伝承は琵琶湖に映る月を見て『源氏物語』を構想したとのことです。それを聞いたときは、あまりぴんと来なかったのですが。
この日「源氏の間」に入る前に、私は琵琶湖を見ています。
おそらく距離感も、こんな感じでしょう。だから余計に、すごく、じわっと感動したですよ。
あぁ、この景色を見て紫式部さんは『源氏物語』を書き始めたのだなぁと…
理屈とはまったく別の次元で、なるほどなぁとじわじわ共感し、納得して。扉の向こうにある琵琶湖に、心で月を浮かべながら。「書きたい」気持ちが底から湧き上がるのをアツく感じていたのでした。
■企画展
■紫式部と祈りの世界
最近はさほど熱心ではないのですが、それでもごく稀にTwitter(現・X)のタイムラインを眺めていることがあります。
そんな中、たしかゴールデンウィークの始まったころだったと思いますが、大津市歴史博物館さんのpostでこの「紫式部と祈りの世界」のご紹介があったのです。
へぇ…と思い、見てみると、なんと「国宝 金銅藤原道長経筒」が展示されているとのこと! (よく見ると、ポスターにもその姿がしっかり印刷されています。)
しかも、レプリカではなく本物を展示…! これはおそらく「今」でなければお目にかかれないだろうと思い、私は仕事と推し活の合間を縫って、会いに行くことにしたのでした。
・ ・ ・
この「企画展 紫式部と祈りの世界」は、観音信仰の高まりから観音巡礼が盛んに行われた平安中期に、紫式部が見た景色―平安の世に広がった祈りの世界にかかわるものたちを展示しています。
企画展は一室で行われているのですが。そこに入った瞬間、ものっそい静謐な空間が広がっていました。それは内側へ一歩踏み出すだけで、別世界へ来たような清浄さが迎えてくれる世界だったのです。
入って左手には、観音立像がどどんっと3体いらっしゃって、見守られてる感があたたかかったり。部屋の最奥には石山寺に伝わる、最古の紫式部聖像が思いの外の大きさで迎えてくれたり。
貴重なものが、その貴重さを肌で感じられるよう配置してあったのですが、でも威圧感はまったくなくて。しかも、一つずつがじっくり味わえる距離感にいて。
モノとモノの間に流れる空気もとても心地よく、正直「ずっといられる…」と思える空間でした。
■国宝 金銅藤原道長経筒
私が会いに行った「金銅藤原道長経筒」は、寛弘四(1007)年に藤原道長自身が実際に吉野の金峯山に参詣し、自身の手で山頂に埋めたものです。そのことは、彼自身の日記『御堂関白記』に記されています。この金峯山参詣は道長にとってかなり大きな行事だったことも、日記の記事から伺えます。
その経筒が江戸時代に金峯山から出土しました。本体は金銅製で、側面には道長による願文が記されています。今回はこれがふつーに展示されていたのです。
このとき、周りに人がいなかったこともあり、私はかなり長い時間この経筒を眺めていました。
おかげで側面に掘られた道長による願文もしっかり読めたのです。最後の部分に「道長敬白」とあるのを見たときの感動といったら! あぁほんとうに「藤原道長」という人はいたのだな、と…涙が出そうになりました。
また、この筒の中に収められていた、道長自身が書写した経典も併せて展示されていました。
「重要文化財 紺紙金字法華経巻残闕 長徳4(998)年」
紺地の紙に、金色で書かれた法華経。いつか写真で見た『御堂関白記』の自筆部分の字とも通う、大らかな丁寧な字体。下半分は欠損していましたが、それでも、1000年以上の時を超え、こんなに美しく鮮やかな色のまま、今に伝わることの有難さに身のふるえる思いがしました。
・ ・ ・
同じ場所に、藤原彰子がつくらせた「国宝 金銀鍍宝相華文経箱」も展示されていました。これは比叡山延暦寺の横川・根本如法堂に奉納されたものだそうです。道長の信仰が、娘である彰子にも引き継がれていたことを示す品でもあります。
道長や彰子については、やはり政治的な部分―権謀術数がうごうごしていたり、思惑と思惑がぶつかる中、大いなるナニモノかによって右往左往させられたり―が注目されがちです。
もちろん、それらも今の世と通じていたり、異なっていたりで興味深い部分ではあるのですが。でも、あれほどの権勢を一手に引き受けた彼らですから、政治的なモノだけでなく、文化的な部分にも大きな影響を残しているのは当たり前と言えば、当たり前なんですよね。
でも、私自身はそのことにはまったく思い至っておらず。この展示を見て、初めてつながったというか、「あぁ…」と腑に落ちたのです。
考えてみれば、1000年の時を超えて残る『源氏物語』も、道長や彰子がいてこそ成立したものですし。この展示に即して言えば、道長の経筒は「平家納経」までつながるものでもありますし。
和歌や漢詩といった、モノとして今に伝わる「文化」もあるのですが、道長や彰子たちが醸成したのは、その時代の「空気感」という文化。同時代の人たちの思考や感情に滲んでいた、カタチのないもの。
それも「文化」の一つの形ですし…同時代の人たちにとっては、むしろそちらの方が影響は大きかったわけですし。
今回伺った「紫式部と祈りの世界」は、そういった新たな発見や納得のある展示でもあったのでした。
■まとめにかえて
今回は大津市歴史博物館の企画展に伺いました。ご紹介した「紫式部と祈りの世界」は5月19日までの展示です。これは本当におすすめ。
ただ、時間と体力の関係で、常設展はさらりと回っただけで終わりましたので、再度行きたいなと思っています。あ、でも、ちゃんと近江牛メニューはいただいてきましたよ。
うん。とても楽しい時間を過ごせましたし、行って良かったです。
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