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色なき風と月の雲 10
舞台の本番がもう間近になってきた。チケットはどうにかSNS等を使って売り捌くことができた。
いつもよりノルマが多くて不安だったが、応援してくれているファンの方々がたくさん購入してくれた。
初期の頃から応援してくれる方や、広告や媒体で知ってくれた方など。フォロワーの数は1000人にも満たないが、あたたかく見守ってくれている方が多い。
少ないながらも告知をすると、毎回応援のメッセージを送っていただけたり、今回のように少し良い役を貰えると自分のことのように喜んでくれる。
本当に素敵な人たちに応援していただけている。
舞台だって、お客さんが入ってくれなければやっていけない。自分だけではなく、俳優や団体の知名度は少しでも上げていきたい。
みんな一生懸命に取り組んでいて、もっと世間に見つかってほしい。
舞台だけで生きていける人なんてほんのひと握りで、みんな必死に生きている。
私ではなくてもいい。気になる俳優たちを見つけたら、ぜひ見にきてほしい。
今ならインターネットやSNSが盛んで、お金を払わなくてもエンタメを楽しむことができ、推し活をすることもできる。
しかし、それだけでは大切な推しが活動できなくなることもある。アイドルも俳優も。
応援しているということを伝えるために、できれば現場に足を運んだり、グッズは利益率が高いのでぜひ購入してほしい。
ただ、応援する側の生活もあるので、生活費を削ったりなどはしなくていいと思う。私は削って推し活をしてしまっているけれど。
いくらSNSで少し人気であっても、売上に繋がらなければ切られてしまう。契約更新ができなければ、中途半端な私達は活動できなくなる可能性もある。
─あの時気になっていたのに、好きだったのに
そう思っても、消えてしまってから後悔しても遅いのだ。
誰かが言っていたように
〈推しは推せるうちに推せ〉
本当にその通りだと思う。
後悔しない推し活をしてほしい。そして無料で見ることのできるあの人たちにも、生活があるのだということは頭の隅に置いておいてほしい。ボランティアや無料のサービスではないのです。
舞台の本番を迎えた。今日から5日間、昼と夜の公演を毎日行う。
ダブルキャストではない私の役は、なかなかハードなものだった。
主役の周りをちょこまか動き、連日こなすと脚がパンパンになる。
ありがたいことに、空席は目立たない程度だった。よく来てくださる方の姿も見つけることができ、顔が自然とほころぶ。
麗さん達が立つ舞台とは比べ物にならないけれど、客席全体をよく見渡せ顔も認識できるこの箱には愛着が湧いている。
いくら将来に不安を感じても、こうやって舞台に立つと私は演じることが好きなんだということを実感する。人を笑顔にでき、自分も笑顔になれる。素晴らしいことだ。
千穐楽まで終え、いつものように流れで打ち上げに行く。断ると嫌な顔をされるので、毎回一次会には行くようにしている。
わいわいガヤガヤひたすら酒を飲み、どんどん下品な話が増えてくる。この業界の人たちって何でこうも打ち上げや飲み会が好きなのだろうか。
お酒が回るとセクハラも増えるし、得るものも殆どない。だから二次会の前には消える。同じように困っている若手などを連れ出し、今日も解散した。
ギリギリだった終電に乗り込み、一駅前で下りる。
酔いを冷ますようにふらふらと歩いて家に向かう。最寄り駅より大きなこの駅の周りは、キラキラと輝いている。
線路沿いをひたすら歩き、我が城へ到着。地元の場合、一駅分歩くと30分以上はかかるが東京は中心部でなくても10分ほどで着く。素晴らしいよ。
ここ数日、寝るためだけに帰ってきていた我が家は、荒れ果てていた。
─明日にでも片付けよう
今日はもう疲れたので、シャワーを浴びて寝ることにした。
翌朝、ピピピといういつもの音に起こされた。アラームをオフにし忘れていたのだろう。今日は休みなのに。
不機嫌になりながらベッドから身を起こし、部屋の片付けを始めることにした。
溜まっていた洗濯物やゴミを片付け、床が見えるようになった。面倒くさいけれど、部屋をきれいにすると気分も良くなる。全開にしたカーテンからは眩しいほどの日差しが差し込み、日焼けしそうだった。
早めにシャワーを浴び、ガチガチになった身体をほぐすためにマッサージなど、自分のケアをする。そうしていると、あっという間に日が落ちかけていた。
連日の舞台メイクで肌に負担をかけていただろうから、フェイスパックをしながらゴロゴロしていると
〈今から行くね。夕飯は持っていくよ〉
麗さんからメッセージが届いていた。
返信をする前に、ガチャガチャと玄関から音がした。
「え、早くない?」
急いでパックを剥がし、玄関へ向かうとそこに居たのはやはり麗さん。
「おじゃましまーす」
ご飯をテイクアウトしてきたであろう袋を持ち上げて入ってくる。
「もう少し早く連絡してください」
「えー、ごめんごめん。」
私が片手にパックを持っていたことに気づき、─僕もパックしたい
そう言いながら、どこからかパックを取ってきた。
フェイスパックの在り処、なんで知ってるの?
「麗さん、肌荒れしたら困るからやめてください」
「だいじょーぶ、これは使ったことある」
あの、家にあるパックの中では1番高いんですよそれ…
しぶしぶ承諾すると、
「シャワー借りてもいい?歩いたら汗かいた」
とんでもなく自由な人だよな、この人。
私の家に来たときは特に。
「お風呂いただきました」
そう言いながらさっきのパックをしている。
ちゃっかり着替えているし、最初からそのつもりだったのか?
「「いただきます」」
麗さんが持ってきてくれた鰻丼を食べる。
ふわふわとしていて、とても美味しい。甘いタレだけでもご飯がすすむ。
そういえば朝から何も食べていなかったな。ボリュームたっぷりだったが、ぺろりと平らげてしまった。
─ごちそうさまでした
そう言うと、麗さんが嬉しそうに微笑み返してくれる。
この笑顔がとてつもなく愛おしい。
だらだらと、いつものように寛いでいると
「次のツアーさ」
麗さんが突然呟いた。
「ツアーがどうかしましたか?」
「チケットあるんだけど、観に来ない?地方だから担当ではないと思うんだけど」
「…そうなんですけど」
ツアーがあることはもちろん知っていたし、その会場は担当エリア外だ。一応スケジュールを確認してみる。
「あ、ごめんなさい。そのあたりは他グループの仕事が入っていて行けそうにないです」
誘っていただけるのはとても嬉しい。Ruby-boyzのチケットは倍率が高く、全公演落選しているファンも多い。
麗さんは悲しそうにしているが、実はオンライン配信のチケットは購入している。
同時配信もされ、その後数日間はアーカイブ配信があるので好きなときに見ることができるのだ。
これは秘密にしておこう。
「じゃあさ、ツアーが終わったあとなんだけど、平日に2,3日休み取れない?」
「確認しておきます。取れたらまた連絡しますね」
その頃ならちょうど誕生日があり、誕生日休暇がとれる。有給も溜まっているし、先月頑張ったから休みは取れるだろう。
満足したのか、麗さんは颯爽と帰っていった。嵐のようだ。いつも色々とかき乱して帰っていく。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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