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ホネホネロックと化した私。【ユーモアエッセイ】
今思えばの回想論となるが、アレは、インフルエンザだったのではないだろうか?という日があった。
コロナの流行るずっと前の、インフルエンザ一択の時分である。
朝はいつも通りに出社し、既にお昼にはゾクゾクし出し、午後には全身の関節という関節が強烈に痛くなり、衣服の上から手ですーっと撫でるだけで皮膚が「触らないで!」と反発するほどだった。
熱も38度を優に超えてしまい、顔は赤く、口の中も熱く、ワキ汗もあった。
すっぽりそのまま自分がホイル焼きにでもされたような感覚。
私の汗と脂とタンパク質と糖質がどんどん分解遊離され、本当に皮膚のどこかに焦げ目ができたと心配になるほど、定時には体が熱熱としていた。
私はそれまでインフルエンザと診断されたことがなく、社内で流行してはいたのものの、
「あぁとうとうこの時が来てしまったのかもしれない…」
などと、少々、感傷的になっていた。
本来、私の風邪のタイプは喉なのだ。
喉の痛みはさほどなく、熱が急上昇したため、インフルエンザではないかと睨んでいた。
念のため持ち合わせていたマスクを装着し、さらに被害者が出ないよう心がけて仕事をしていた。
がしかし、ケチって10枚入り100円で買ったマスクは、えらく薄く、唇が透けていたのを誰かは見逃さなかったに違いないだろう。
私は、かかりつけの内科へ行くとにした。
定時が17時だった。幸運にも18時まで受付している。
距離はあったが、即刻出発すればギリギリ間に合うはずだ。
アルミホイルを指先で突き、穴を開け、空気を吸う。
外の冷たい空気は、気持ち良いほど私の肺を満たしてくれた。
しかしこのとき既に、関節と筋肉が限界にきていた。
熱も上がっているような気もしたが、全身で脈打つような体の痛みが特にひどかった。
骨折と打撲と筋肉痛と関節痛とよく分からない疾患の大波が一度に襲ってきた気分だった。
病院までの道中、朦朧とする頭と取れそうな足と腕を駆使し、どうにか安全運転に気をつけた。
「これは絶対にインフルエンザというやつだ、間違いない…あぁ骨が…あぁ肉が…あぁ…あぁ…あれは赤信号か…?」
倦怠疲労が頂点に達し、もう全ての体のパーツを一旦取り外してしまいたいくらい苦痛だった。
音楽をかけていたが覚えてなく、ただしきりに、みんなのうたで聴いた子門真人の『ホネホネロック』のサビだけがエンドレスに木霊していた。
渋滞があり、病院に到着したのは17時50分ほどだった。
何かあるたびにお世話になっていた医院である。
ちょっと喉がおかしいだけでも病院に足繁く受診していた私に、院長は、
「今日は何ですか?」と苦笑いするほどだった。
今日はインフルエンザかもしれません。院長お助けを…薬を…あの辛い検査を…。
開口一番のセリフを準備し、ドア前に差し掛かったその時、ベテラン看護師が出てきて鉢合わせとなった。
女神さまの登場だと思った。
「あ、ものすごく熱があって…体が辛いくて…」
と、私はすがった。
女神は間髪入れず突き放った。
「もう受付終了なの。ごめんなさいね」
……女神ではなかった。女神の仮面をした悪魔だった。
業務的にドアを締められ、内鍵をかけ、ブラインドが降ろされた。
しばし呆然とした私。
まだ時間が数分残っているじゃないか。
そりゃあギリギリに来た私も悪うございますさ。
でもそれはあまりにも酷じゃないかい。
こちらはインフルエンザかもしれないのだぞ。
君は白い服を着た天使のナースだろう?
それはたわけが過ぎるのではいかい?オイコラ。
高熱で衰弱した幼子をおぶった親が泣いてドアを叩くシーンを再現する勇気は、私にはない。
きびすを返し、トボトボ車へと戻った。
ホネホネロックが憑依したのか、何度も足が絡まり、転倒しそうだった。
看板の電気、まだ明るいじゃないか。バカ病院が!
もう来るもんか!
と心中で唾を吐いた私は、最後の力を振り絞ってドラッグストへと向かったのでした。
とにもかくにも、関節痛と筋肉痛を治めたかったため、しょぼつく視界と気合だけで選んだのは、高熱や関節痛に効くというお値段高めの漢方薬と、総合風邪薬だった。
あと、マスクとポカリスエットとのど飴。
自宅での全ての行動がへなちょこだった。
実家暮らしだった私は、ご飯の準備や身の回りのことや病院の愚痴を聞いてくれる家族がいるだけでも、とても幸運なことなのだと痛感させられた。
一人暮らしで体調が悪いととても心細いし、何にもできないだろうと思った。
床に入るとき、熱は39度近かった。
ホネホネロックはまだ鳴り止まず、それに加えて脳内がぼわんぼわんとしていた。耳鳴りもキーンだ。
翌朝、漢方薬と薬が効いてくれたのか睡眠も取れ、痛みは引いていた。熱は38度とまだ高かったが、休むほどの辛さがない。
それだけホネホネロックがキツかったということだ。
インフルエンザが自力で治るのにも個人差はあるだろうが、私は、症状や社内で流行していたことも加味すると、インフルエンザだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。
でもアのまがまがしさはインフルエンザだったのではないかと思っている。
最後までお読みいただきありがとうございます★
また来てね!
~おまけ~
アの病院はそれ以来、本当に行かなくなってしまった。
当時、その病院は、インフルエンザウイルスを喉の粘膜より採取する手法だった。
一度だけ経験したのだが、細い綿棒で扁桃腺辺りの粘膜をゴシゴシとしてくるから直ぐにオエッ!となり、なかなか苦労したものだ。
そのとき、看護師はとても優しくて私のオエオエ反応に笑ってくれた。
インフルエンザではなかった。
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