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「地頭のよさ」は学力低下の原因になる

吊りっぽいタイトルで申し訳ありませんが、多くの学生さん・親御さんにお読みいただきたく掲げました。予め(あらかじめ)お断り申し上げます。さて、まず本論に入る前にいくつか診断テストをおこなってみましょう。あなた(あなたのお子さん)はどちらに当てはまるのか考えてみてください。

0. 診断テスト

  1. テストの後、自分の答えが正解かどうかよりも正解が何だったかが気になる。

  2. 難しい問題は早々に解くことを諦めて、別の問題に取り組む。

  3. テストの成績が悪かったら、次のテストに向けて勉強をはじめる。

  4. 成績のよい学生の答案内容よりも誰が自分より成績が悪かったかが気になる

  5. テストの点数が悪かったときは、自分の点数が周りに見られないようにしたり、点数が高かったように装う(よそおう)。

  6. 成績がよい子は地頭がよいから追いつけないと思う。

診断テストは以上です。いかがでしたか?

これは「固定思考」型か「成長思考」型か診断するためのテストです。(※成長思考型の回答は末尾に記載しています)

1. 「固定思考」と「成長思考」

「固定思考」は「人の能力は地頭や才能で決まっている」という考え方で、「成長思考」は「人の能力は努力次第で伸ばすことができる」という考え方を指します。

そして、実はこの考え方を持っているかどうかが学力に影響すると言われているの
です。先行する学術研究をまとめた論文である、川西 諭・田村輝之(2019)「グリット研究とマインドセット研究の行動経済学的な含意―労働生産性向上の議論への新しい視点」をかいつまんで読んでみてみましょう。

3. GRIT(グリット)とは

同論文の題名にも含まれるグリットは、以下の単語の頭文字(かしらもじ)を取った言葉で「やり抜く力」と言われています。

  1. Guts(度胸):困難なことに立ち向かう

  2. Resilience(復元力):失敗しても諦めずに続ける

  3. Initiative(自発性):自分で目標を見据える

  4. Tenacity(執念):最後までやり遂げる

このGRITがどれだけ大切な力なのか論文の一部を引用してみましょう。

数千名の高校 2 年生を対象とした別のアンケート調査では,1年後に,その12%が高校を中退していたが,卒業することができた生徒たちは,やはりグリットスコア が高かった. そして,生徒の卒業を予測するうえでは,「学校が好きであるか」,「まじめに勉強に取り組んでいるか」などの要素よりも,グリットスコアの方がはるかに重要な情報であったと述べている(ダックワース 2016, p.28)

川西・田村(2019)同上

上記の調査において、好き嫌いや真面目さよりもGRITの指標(しひょう)の方が結果を正確に予測するというのです。この結果は、何かを継続してやり遂げることにおいてGRITが強力に作用していると解釈できます。そして、そんなGRITは育むことができるのです。

現在のところ,グリットは後天的な経験や介入などによって伸長できると考えられている. 実際に,Alan et al. (2016) はトルコの小学校において(中略)ビデオ教材などを用いた教育的な介入により,生徒の課題に取り組む際の「粘り強さ」や学力テストの点数を向上できることを示した. 一連の介入は,教員により学校の課外活動の時間に行われ,1クラス当たり平均12週間,1週間当たりでは 少なくとも2時間が用いられた。

川西・田村(2019)同上

そして、GRITを育む上で大切なポイントが次の文章にまとまっています。

ダックワース (2016) は,長い間継続して行動する為には,自分自身が心から面白いと「興味」を持つこと,そして次に行動を習慣化し,「練習」や努力を継続すること. また,はじめのうちは,人は自分自身の成功や立身出世の為に努力を行うが,やがて「他者や社会の為」という新たな目的を見出すことで,長期間に渡って頑張り続けるエンジンを獲得することができるとしている。

川西・田村(2019)同上、太字は筆者によるもの

4. 努力に意味をもたらす

この努力に意味をもたらすのが「成長思考」型のマインドセットです。努力の目的には何かを成し遂げるための「遂行」と、何かを可能にするための「成長」があるでしょう。そして努力で能力が伸ばせると考える(成長思考)の場合、努力によって達成すべきは学習目標(か遂行目標)です。現在の自分の能力に自信があろうがなかろうが、努力で能力は伸ばせるのですから習熟することを目指すはずです。

一方、固定思考の場合は努力しても能力は伸びないと考えるのですから、何らかの遂行(能力の発揮と言い換えてもいいかもしれません)のみが目標となります。したがって目標をやり遂げる自信があるうちはいいですが、目標に対して自分の力が及ばないと判断したら急に無気力になってしまいます。すなわち固定思考の人は対峙(たいじ。向かい合う)する課題のレベルによって努力できたりできなかったりするわけです。

川西・田村(2019)の表。増大理論=成長思考、固定理論=固定思考と読み替えてください。

5. 成長思考になる褒め方、固定思考になるNGワード

以上より成長思考の大切さを理解していただけたと思いますが、この成長思考を育むにはコツがあります。

わが国においても褒めて育てる教育法は市民権を得ていますが、その褒め方についてはまだまだ発展の途上(とじょう)にあると言えましょう。同論文に示された研究では、褒め方について努力を褒められた子どもは努力を続け成績を上げるのに対し、能力を褒められた子どもは努力をやめて成績を下げてしまった実験が紹介されています。

この実験結果を当然だと思う方もいるでしょう。しかし、そういう方々の中にも知らず知らず能力に注目してしまっている方は少なくないように思います。次の文章を読んでみましょう。

私たちは能力差の背後にある努力にはあまり目を向けずに,つい先天的能力に違いがあるからだと安易に 考えてしまいがちだ. 親や学校の先生たちも子どもたちの能力差を見たときに,つい先天的な能力差と判断してしまい,「あの子は天才」「センスがある(ない)」「頭がいい(悪い)」「運動神経がいい(悪い)」「運動音痴」「親の私ができた(できない)のだからあなたができて(なくても)当たり前」などという発言がよく聞かれるが,そういう発言を問題視する人は少ない.

川西・田村(2019)同上、太字は筆者によるもの

いかがでしょうか。ついつい太字部分のようなことを言ったり、思ったりしてはいませんか?これらの口癖(くちぐせ)は固定思考から出たものであり、また口にすることで固定思考的な考え方はさらに定着していくと考えられます。

反対にこれらのような言葉を使わずに、「努力したおかげだね」「きっとやればできるはず」「次はもう少し努力してみよう」などと努力を中心においた言葉をかけたり、自身がそのように考えるようにすることで成長思考を獲得することができるでしょう。また、GRIT全体に視野を広げると興味を持たせる努力や工夫も肝心です。同論文では、それもしないで「なぜやらないのか」「なぜ頑張らないのか」と行動を強いても(しいても)あまり効果的ではないとあります。同様に努力を習慣化すること、努力が他者のためになること、努力が報われる(むくわれる)と思えていることの重要性についても言及されています。

6. まとめ

私たちの考え方によって努力に対する姿勢は変わります。その考え方というのがGRITであり、成長思考です。そしてGRITや成長思考は日頃の何気ない言葉の積み重ねで出来上がったものと言えます。したがって、日頃の言葉を意識するだけで考え方を変え、努力できる体質になれるということでもあるでしょう。安易(あんい)に才能、センス、地頭に理由を求めず、努力の質や量を見直したり、興味を持てるような方法に頭を使うことが大切ですね。

日本語で読めるGRIT第一人者による本です。子育てだけでなく、自己研鑽や職場での部下の指導などにも有用な一冊と言えるでしょう。

【成長思考型の回答】
1.はい 2.いいえ 3.はい 4.いいえ 5.いいえ 6.いいえ


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