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日常に紛れる不思議な力が登場する小説たち
あなたは「不思議な力」に憧れたことはありますか?
現実には存在しえない力で空を飛びまわり、悪党たちを退治して、街を危機から救うスーパーヒーロー。
はたまた、遠い未来からやってきて、最先端の技術であらゆるトラブルを解決する高性能ロボット。
不思議な力と聞くと、そんなフィクションでしか見たことのない映像が、脳裏に浮かんでくる人が多いのではないでしょうか。
しかし、不思議な力をもっている人たちは、もしかしたら意外と身近な場所で、ひっそりと生活しているのかもしれません。
今回は、そんな不思議な力をもつ人々がすぐ近くにいると信じてみたくなるような、日常に紛れた「不思議な力」が登場する小説たちをご紹介します。
か「」く「」し「」ご「」と/住野のよる
息をするのが苦しくなるくらいの清涼感とともに、頭のなかをパステルカラーの映像が流れていく。
それほど新鮮な気持ちに包まれるのは、住野よるさんの物語が、ありふれた日常に少しだけ「不思議な力」を授けてくれるからかもしれません。
『か「」く「」し「」ご「」と』に登場する5人の高校生は、それぞれ他人には秘密にしている、ちょっとだけ特別な力を持っています。
それは決して他の人をどうにかすることはできないけれど、周りの人間関係を少しだけ覗きみることができる、不思議な力。
気が弱くて本音を言い出せない男の子も、ヒーローになりたいと夢見る女の子も、恋の行方を見守る者たちも、そんな力を騒ぎたてることなく隠しもちながら、かけがえのない学生生活を過ごす。
しかし、行動のきっかけとなる不思議な力は、彼らの想いをいじわるに動かすときもあれば、素直な感情を引きだすときもあって、少しづつ5人の距離を縮めていきます。
読んでいると、登場人物たちの想いが向く矢印があっちこっちへ飛び跳ねていく様子が浮かんできて、心なしか顔がほころんでしまう一冊です。
ぼくのメジャースプーン/辻村深月
「不思議な力」はあまずっぱい青春小説だけではなく、勇気をふりしぼって友だちを助けようとする、小さな主人公のもとにも現れます。
『ぼくのメジャースプーン』は、直木賞作家でもある辻村深月さんが描く、長編小説。
小学生の「ぼく」が通う学校で起こった凄惨な事件、その現場を目撃した幼なじみの「ふみちゃん」はショックで言葉を失ってしまいます。
主人公の少年は、犯人とされる大学生の男が逮捕されないことを知って、自身が持つ「条件ゲーム提示能力」という、不思議な力を用いて犯人に復讐することを決意します。
しかし、罰を与えることで全てが元通りになるわけではないし、相手が反省するとも限りません。
犯人に値する罰とは何なのか。
彼は「条件ゲーム提示能力」の使い方を学ぶために訪れた心理学の教授・秋先生のもとで、復讐という行為の非条理さを知ることになります。
たとえ相手が小学生だとしても、容赦なく死による償いの是非や人間の本質について問う。最後まで、厳しさと主人公を想う優しさを兼ねそなえた秋先生の言葉に何度も心を揺さぶられました。
理想と現実の隔たりに押しつぶされそうになりながらも、最後まで悩みぬいてひとつの答えを導いていく、そんな小さな主人公の勇姿を目に焼きつけてください。
フーガはユーガ/伊坂幸太郎
「不思議な力」は、決して便利なものだとは限りません。
『フーガとユーガ』は、親から愛情を注がれなかった双子の兄弟が過ごした激動の日々を描く、切なさと優しさが内包された伊坂幸太郎さんによる長編小説です。
この物語の主人公である常盤優我は、仙台のファミレスである男に自らの半生を語りはじめます。
彼は双子であり、弟の名は風雅といいます。
そして、彼らには、兄弟のあいだにだけ起こる不思議な力がありました。
彼らの誕生日にだけ発生する、その不思議な力は、決して使い勝手のいいものではなくて、むしろいい迷惑なのではないかと思うくらい突拍子もない現象を巻きおこします。
しかし、2人の兄弟は不思議な力を巧みに使いこなし、時には思いつきで活用しながら、理不尽で救いようのない社会に何とかして抵抗しようと試みます。
優我の口から語られる出来事は、決して簡単に飲みこめるものではなくて、不運に見舞われながらも兄弟で必死に乗りこえて、大切なものを守るために戦ってきた何よりもの証拠でした。
伊坂幸太郎さんの作品には、報われない人生に一矢を報いるためのきっかけをくれる、そんな不思議な力が宿っている気がします。
七回死んだ男/西澤保彦
「不思議な力」と聞くと、どこかファンタジーな世界観を想像してしまいがちですが、ロジックを探求するミステリの世界にも不思議な力は登場します。
SFミステリの巨匠、西澤保彦さんの『七回死んだ男』という作品では、主人公の少年が「反復落とし穴」と自身で名付けた不思議な力によって、タイムリープ空間で何度も殺されてしまう祖父を救おうと謎に挑んでいきます。
超能力が使える世界で起こる殺人事件という斬新すぎる設定のなかでも、「SF」と「ミステリ」、どちらの魅力も失うことなく混ざりあう物語は、いままで出会ったことのない驚きをもたらしてくれるはずです。
また、物騒なタイトルやあらすじには似合わず、コメディタッチな文章で、クスッと笑えるシーンが多いのも、この作品の魅力の一つ。
特に、主人公の心の声が漏れでている地の文は、危機的状況においてもユーモアにあふれていて、いつのまにか、彼の語りの虜になってしまいます。
物語を通して、妙に落ち着きのある主人公と推理ゲームをしているような感覚でストーリーを追っていくことができるので、ミステリーが苦手な人もぜひ挑戦してみてください。
スキマワラシ/恩田陸
最後にご紹介するのは、とある兄弟が出逢った都市伝説の少女を巡る、ひと夏の冒険を描く、恩田陸さんのファンタジックミステリー『スキマワラシ』。
古道具店を営む兄弟は、ある日、ビルの解体現場で目撃されるという少女の都市伝説を耳にします。
麦わら帽子を被って、虫取り網と空色の胴乱を手に持ち、白いワンピースを着た、真夏を体現したような少女。
姿を目撃した次の瞬間には、目の前から姿を消してしまう。
そんな都市伝説が流れる一方で、弟の散多は子どものころから身につけていた不思議な力を使って、過去に死んだ両親にまつわる謎を明らかにしようとします。
この作品を読んで実感するのは、街や建物は日常の中でも、刻々と変化しているということ。
何の気なしに見ているだけでは気づかない。
でも、ふと目を向けると違和感がぼんやりと浮かんでくる。
そんなぎこちない変化が、街中にはあふれています。
いつも見ている街並みが永遠に続くわけでないこと、そして、何度となく眺めている風景にもあたらしさを感じること、そんな寂しさと楽しさが入り混じった感情を、作品を通して体験してみてください。
様々なジャンルの小説に登場する「不思議な力」
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いかがだったでしょうか。
様々な世界観の小説で登場する不思議な力は、日常を描く物語にも紛れこんで、思いがけない騒動を巻きおこします。
そして、そんな不思議な力は、現実でも誰かの手によって、どこかでひっそりと物語を作っているのかもしれません。
ぜひ、現実の世界で起きたらどうなるだろうと想像しながら、日常に紛れた不思議な力が登場する小説たちを読んでみてください。
〈文=ばやし(@kwhrbys_sk)〉