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永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(毎日読書メモ(550))

これは面白かった! 永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)。文庫オリジナル(単行本の刊行なし)。全790ページ、定価税別1100円!(2024年8月1日刊行当時)
書店のブックカバーが、遊びの部分少なすぎて取れかけになる厚み。ページをめくってもめくっても飽きのこない、わくわくした展開。但し、ジャンルとして癖があるので、好みは分かれるかな。本の帯にはこうある、「『細雪』×『華麗なる一族』×殺人事件」。これは確かにフーダニットとホワイダニットを兼ね備えた、きっちりしたミステリーなのだが、あまりにも様々な要素がてんこ盛りであり、読者は別にずっと、誰がなんでこの人を殺したんだろう、と思いながら読んでいる訳ではなく、主人公の心にその謎がきざすと、あーそうだった、それも気になるのだった、と思い出す、そんな感じ。

主人公高木かな子は、横濱を代表する大豪商、檜垣澤要吉の妾の娘。7歳の時に母が火事で亡くなり、当時卒中の発作で身体の自由がきかなくなっていた要吉の生活の世話をする、という条件で、檜垣澤家に引き取られる。
学校にやってくれて、家に戻った後は父の世話、という暮らしの中、かな子は権謀術数うずまく檜垣澤の大屋敷でサバイブするすべを模索する。屋敷の中をくまなく回り、檜垣澤の一族や使用人たちの行動に目を配り、自分の入る隙を見つけようとするかな子の如才なさ、妾の子として、幼少時から母に厳しく状況判断を養う眼を育成されてきたとはいえ、驚くべき目端の利き方である。
そうして、お使いに行った帰り、屋敷に近づいて、焦げ臭いにおいに気づき、火事をいち早く家の者に知らせたことで、檜垣澤家内での立場が少し良くなるかな子。一方、その火事現場には、要吉から見れば娘婿にあたる婿養子の辰市の遺体が。
その翌年にはかな子の父、要吉も亡くなる。明治天皇の大喪の礼のさ中、というところで時代が明示される。1912年だから、かな子は1904年あたりの生まれか(わたしの祖父母よりも少し年上、くらいの年回りだ)。
檜垣澤商店は、創業の当主が長患いの末亡くなり、娘婿を火事で喪っても、屋台骨は揺るがない。要吉の妻スエと、要吉とスエの長女花が経営を牛耳り、どんどん事業規模は拡大する一方だ。
花の妹初は医師の山内に嫁ぎ、山内医院は檜垣澤家のすぐ隣の敷地で開業し、要吉の往診ももちろん山内医師が行ってきた。
花には3人の娘がいて、長女郁乃が婿養子をとり、次女珠代と三女雪江は女学校に通いながら、いつか来る縁談を待つ身、この3人の娘たちと、血筋的には叔母にあたる(どちらかというとスメルジャコフ的?)、年少のかな子との人間模様が、つまりは『細雪』的要素ということになるが、豪商の家の贅沢な園遊会の様子とか、着せ替え人形を与えられたように、自分たちのおふるの着物やドレスをかな子に次々と着せて喜ぶ様子などが、小説に華やぎを与える。
とはいえ、一族としてカウントするには微妙な立場のかな子、使用人や書生からは胡散臭がられ、時として嫌がらせも受ける。ここで下手をうてば、父の娘として享受できるはずのものを失うことになる、と、絶えず観察し、忘れないよう記憶し、いつどのように切り札にするか考え続けるかな子。
自分の利用価値を最大限アピールし、一方で引くべきところは絶妙な距離感で引き、独自の人間関係を構築していくかな子。君にとって、利権とは何で、最終的に目指しているものは何なのだ?
一方で、川端康成『乙女の港』(実際の作者は中里恒子らしい、というのが最近の通説ですが)を彷彿させる、横濱の女学校を舞台とした友情ストーリーがあったり、1918年ころのスペイン風邪の大流行により、多くの登場人物の人生が大きく変わった様子が描かれ、パンデミック小説としての側面も印象的である。
そして大正時代といえば、のカタストロフも物語に大きく関与してくる。

物語の骨格は、かな子のビルドゥングス・ロマン(ビルドゥングス・ロマンというにしては、下世話できな臭いが)だが、檜垣澤家とその周囲の人々が、それぞれに何を思い、どのような欲望を抱いて生きてきたかが丁寧に描かれ、物語はたるみなく進行する。そして、些細なきっかけ(とは言え、見事な伏線回収である)から、かな子は殺人犯の正体を知る。
最後、ひとり雄々しく立ち上がるかな子の姿は、ちょっと『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ的でもある。
こうして、読みながら、今まで読んできた様々な小説を想起させるさまざまな要素があらわれるのも、この小説の魅力かもしれない。

永嶋恵美さんの小説は今回初めて読んだ。ゲームや漫画のノベライズを手掛ける一方でエンタメ小説を執筆してきたということで、今回の『檜垣澤家の炎上』は新機軸らしいが、これだけ分厚い書下ろし小説を任されるだけの実力者を今まで知らずに来た不明をちょっと恥じる。


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