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毎日読書メモ(232)『ぬいぐるみさんとの暮らし方』(グレン・ネイプ、新井素子、土屋裕)

天下の奇書、グレン・ネイプ『ぬいぐるみさんとの暮らし方』(新井素子・土屋裕共訳、新潮社)を久しぶりに出してきて読んでみた。訳者が偶然手に入れた原書"The Care and Feeding of Stuffed Animals"は、版権を得て翻訳作業に取り掛かった時点で既に入手不可能となっていて、訳者も出版社もボロボロになった本のコピーを取って、それで作業していたという。作中で言及のある、STUFF(Stuffed Toys’ Union and the Friends of the Furred)という団体も、訳書刊行の時点でもう活動を停止していたらしい。
「ユリイカ」の2021年1月号が「ぬいぐるみの世界」という特集を組み、将棋の渡辺明九段がインタビューを受けていたり、勿論新井素子もぬい写真付きでインタビュー受けている。でも、ぬいぐるみがブーム、という感じはないよね。ただひっそりと、生活の中に根付くぬい。
本書の目次。

第1章 ぬいぐるみの歴史
第2章 ぬいぐるみの選び方
第3章 新しい家族
第4章 ぬいぐるみの食事
第5章 ぬいぐるみの環境
第6章 取扱いと身繕い
第7章 ぬいぐるみのトレーニング
第8章 ぬいぐるみの病気
第9章 ぬいぐるみの生殖
第10章 ぬいぐるみの写真を撮る
第11章 パーティとショウ
第12章 年老いたぬいぐるみ

ぬいぐるみは生きている、と心から信じ、ぬいさんと対話しながら暮らす新井素子だからこそ訳せたこの本。
家に連れ帰り、他のぬいたちと対面させ、馴染ませ、家の中を案内し、本人(本ぬい)がいたいと思った場所にいるようにさせる。気晴らしに一緒に外出したり、絶えず心の交流を心がける。ぬいぐるみへの感情移入のない人が読んだら、呆れ、3ページくらいで放り出すであろう。
読んでいて、自分が実践できているかと言うと出来ていないこともあるが(沢山あるが)ぬいぐるみと暮らすというアプローチを自分の生活の諸相に転換させると、それは「どう生きるか」というライフスタイルのひとつの指針になっている。鑑としてのぬいぐるみのCare。
生あるぬいとの対話は自分の声を聴くことでもある。

共訳者土屋裕(SF関連のフリーライター)のあとがきを読んでいて、

日本ではぬいぐるみをペットのような「動物」としてよりは、むしろ家族の一員の「人間に近いもの」として扱っています。(中略)最近では「動物」のほかに人間が身近で使う「機械」もまたマージナル・ファミリーの一員になる資格を得たようです。(中略)皆さんのまわりにも、マイカーやワープロに名前をつけている人がいませんか? 動物のように自分で勝手に動きまわらず、人間の意志をそのまま反映する分だけ、ぬいぐるみやワープロは、より人間に近いのかもしれません。もっと言ってしまえば、持ち主の分身にさえなり得るのでしょう。

と書かれているのを見て、思い出したのは伊坂幸太郎『ガソリン生活』(朝日文庫)、ものを思い、喋る自動車の物語は、ある意味、新井素子のぬいさんにすごく通じているかも。

原書の刊行が1983年、この訳書の刊行が1989年。第2章の「ぬいぐるみの選び方」で、ぬいぐるみが家にやってくるシチュエーションとしてUFOキャッチャーの言及がないところに時代を感じた(クレーンゲームにぬいぐるみが入るようになったのは1980年代後半らしい)。表紙も含め、本に収めらた写真の多くは新井素子または土屋裕の私物らしいが、30年以上たって眺めると、ぬいぐるみにも時代感があるね。

ぬいぐるみの最後について語る巻末。
「老ぬいは死なず、ただ消えゆくのみ」
わたしの家にある何匹かのぬいにもしあわせなぬい生を。

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