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毎日読書メモ(17)『影に対して』(遠藤周作)

遠藤周作の未発表小説が発見された、というのは新聞記事にになり、その小説が「三田文学」2020年夏季号で発表されたときは、各地の書店で売り切れ続出(というか、普段は1冊も配本のない書店もかなりあったと思う)、文芸誌の増刷という、又吉直樹『火花』のとき位しかなかった事態が、まさか「三田文学」に訪れるとは!

どうしても、遠藤周作と北杜夫は対比して語られることが多いが、わたしは先に北杜夫から読み始めたため、遠藤周作のよい読者だったとはいえない。どくとるマンボウシリーズを愛読し、また『楡家の人々』も何回か読んだので、北杜夫の一族とか育ちとかについては、漠然としたイメージが出来ていたが、遠藤周作の伝記的な部分については全然知らなかった。エリート銀行員の父、ヴァイオリニストの母、秀才の兄と育ち、両親の離婚後は父と共に暮らすことになる。兄の後を追うように勉強はするもののの落ちこぼれ、慶應義塾に合格はしたものの、父が命じた医学部ではなく文学部だったことで、父に勘当されている。『女の一生 二部・サチ子の場合』の登場人物順平(やはり慶應義塾の文学部)の学生生活の様子は、あきらかに本人の学生生活をモデルに描かれているとわかる。

両親が離婚した際に、父の元に留まる選択をしたことを、「影に対して」の主人公勝呂はずっと後悔している。離婚後、病を得て一人亡くなった母が呪縛ののように勝呂の心に巣食い、結婚して子どもが生まれた今でも、父そして再婚相手の家を訪れると、自分が父にかなわない人生を送っていることに屈折した思いを覚え、母に対する思慕がいやます。

勝呂の家庭生活の様子など、私小説的であるが、それが遠藤の生活をそのまま投影していたのかはわからない。気が強くて、妥協出来ず、いつも音楽のことを考えていた母のことを思い出している様子はまるでマザコン小説のようでもある。そして、人間関係がうまく構築できていなかった母について、他者から話を聞いてはいちいち傷つく勝呂。

1963年3月以降に書かれた、と推測され、作品として完成しているのになぜか日の目を見ることなく、2020年になって発見された「影に対して」に、1966年~1974年にかけて文芸誌に発表された、母を描いた短編6作を加え、単行本『影に対して』が刊行されているので、単行本で読めば、もっと遠藤の家族観(というか母親観か)がはっきりするのかもしれないが、「三田文学」でこの小説1篇だけを読んでも、別離があったことで殊更に美化された母の姿、自分が美化していることも自覚しながら、思慕せずにいられない気持ちが、強く伝わってきた。

生前この作品を発表しなかったのは、書いてはみたものの母に対する気持ちを人に見せたくなくなってしまったからなのかな。自身が亡くなって24年もたって、公にされた私小説。歳月は母への思慕を昇華したのかもしれない。

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