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毎日読書メモ(259)『皆のあらばしり』(乗代雄介)

『旅する練習』で三島賞を取り、芥川賞の有力候補ともなった乗代雄介の、三島賞受賞第一作となる、『皆のあらばしり』(新潮社)を読んだ。表紙からして不思議。まるで、コウテイペンギンが遠くから巨大などこでもドアを眺めているような絵は、猪瀬直哉”Melancholia”という絵らしい。
物語はもっと不思議。栃木市の皆川城址でフィールドワークをしている、歴史研究部の高校生が、他に誰もいないような城址公園でばったり出会ったのは、がさつな大阪弁を喋る中年男だった(三十代くらい、と言っているが、高校生から見たら中年?)。謎の丁々発止。中年男と高校生(青年、と男に呼び掛けられるので、以下「青年」で)のコン・ゲームのような物語。青年は途中で苗字が明かされるが、男は最後まで名前もわからないまま。お互いの手の内は見せず、双方貸し借りは作らない、というスタンス。小出しに開示し合う情報で、二人は共に「皆のあらばしり」を探求する。タイトルロール「皆のあらばしり」の概要は途中で明かされ、そのありかも大体想像がつくのだが、それは実在するのか、それを確認することが出来るのか、という謎解きを、お互いの名前も知らず、連絡先の交換もしていない、博覧強記の二人が、歴史研究部の部活動のない木曜日で日付が素数の日に皆川城址で待ち合わせ、少しずつ核心に迫る。
仕事で栃木に長逗留していて、途中で観光で皆川城址に来たと言っている男は、なんで「皆のあらばしり」のことを知りたいのか。そもそも青年と出会ったのは偶然なのかそうでないのか。一方、「地誌編輯材料取調書の翻刻」をしているという、青年の部活動のテーマも異常にマニアック。何言われてるかわかりません、というか青年自体、男が一瞬にして翻刻という言葉まで理解したことに驚くが、この歴史研究部には一体何人部員がいて、どの程度完成度の高い研究成果を見せているんでしょう。「研究用に残そうっちゅうことやろうけど、顧問の先生がさぞ立派な人なんやろうな!」(p.8)と男が言うのもむべなるかな。これ、文化祭なんかで発表しても、誰にも理解されなさそうな...。
物語の展開と言い、男の正体と言い、読者もキツネにつままれたような思いで読み進めることになる。作者が読者に仕掛けているコン・ゲームのような。
昨年、『旅する練習』(感想ここ)を読んだときに感じたのと同じような不思議な透明感がある物語。『旅する練習』は移動する物語、『皆のあらばしり』は一か所に留まり、そこで時間をぐっと遡る物語。最小限にそぎ落とされた登場人物たちは饒舌なのに、心の内を明かさない。読者は、彼らの見ている光景を頭の中で思い浮かべながら、彼らの目指すものを一緒に探す。
そして、『旅する練習』ではあまりといえばあまりな結末に言葉を失ったが、『皆のあらばしり』は、最後に思いもかけない伏線回収をして、それを愉快に笑って終わる。
青年は、男のような、こんな面倒くさい大人を目指すのかな? 歴史愛にみちみちた、幸せな物語であった。

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