毎日読書メモ(178)『団体旅行の文化史』(山本志乃)
しばらく前の朝日新聞の書評欄の情報コーナーに山本志乃『団体旅行の文化史 旅の大衆化とその系譜』(創元社)という本が紹介されていて、文化史の本好きなので、早速読んでみた。作者は神奈川大学教授だが、長く、旅の文化研究所(近畿日本ツーリストが運営している研究機関)で研究活動をしていた人で、その前は千葉の館山市立博物館で学芸員をされていたということで、ご本人のこれまでの研究成果を踏まえ、更に多くの資料にあたり、日本近世~現代にわたる団体旅行の系譜を紹介している。
旅行という、誰もが体験したことのある活動についての研究なので、先行した研究も色々あり(豊富な参考資料の列記だけでも圧倒される)、この本で触れられている事項は団体旅行のごく部分的な側面だが、団体旅行の実情について、学術的にまとめられた先行研究はあまりなく(多くの人にとって日常の一部だったため、系統的な記録が残っていない)、団体旅行、という切り口で、こうした成果が残ることには大きな意義があると思われる。
人は古来旅をしてきたが、例えば役人の赴任とか、戦争に伴う人の流れとか、流罪とか、旅芸人とか、参勤交代とか、物見遊山的な旅とはちょっと違うようで、娯楽のための旅として記録に残っているのは伊勢参宮、富士登拝といった、お参りのための旅あたりからになる。参勤交代等で、旅のインフラが整ってきた江戸時代、日本各地から伊勢神宮を目指した旅人たち、残っている記録から、その健脚な行程に驚く。一生に一度のことだからと、お伊勢参りのあとは京都奈良、金毘羅さんや宮島まで参り、更には熱田神宮とか善光寺、日光東照宮まで参って帰ったりしている。かかった経費や食べたものの書かれた記録などもあり、昔の旅人に思いを馳せる。著者が房総の博物館で研究活動をしていたことから、地元の記録が色々紹介されていて、江戸時代の伊勢参りでも、明治以降、鉄道網が出来た後も、まず房総から三浦半島に船で渡り、鎌倉の社寺に参った後、旅立っている行程なども興味深い。
鉄道が敷設され、お参りの旅は日程短縮される。かつてはお伊勢さんの門前に御師という参拝のアレンジまでする宿泊施設があり、そこが毎年の顧客となる各地の自治体を回って営業活動みたいなこともしていたが、そこに新たに旅行代理店なども萌芽があり、貸切列車を使用しての団体旅行のアレンジなどもするようになる。
そして、修学旅行のように、学びの一環としての旅が始まり、教練のような、軍事的な色合いのある学習活動から、博覧会の見学、寺社仏閣への参拝などへと活動が広がっていく。紹介された行程を見ると、夜行列車が多用され(寝台列車でないので相当きつそう)、殆どの経由地は1泊ずつで移動を続けている。昔の人は頑健だったのだろうな、と思う。添乗員さんが大きな牛乳缶を列車に持ち込んで、お茶を生徒たちに配っていた、というエピソードなど、旅行業者の様々な対応についても書かれている。修学旅行は旅行制限がかかる昭和19年まで行われていて、終戦後、昭和21年にはすぐに復活している。人々の旅に対する執念のようなものが見えてくる。そういう意味で、移動に大きな制限がかかったこのたびのコロナ禍が多くのひとにとってストレスとなったこともむべなるかな、である。人は旅したい生き物だということがこの本を読んでよくわかった。
そして、個人旅行の手配が困難だった時代には、みな団体旅行をしていた。戦後すぐだと、靖国参拝を名目に人を集め、合わせて各地の観光地を回る旅行。社員旅行、農閑期に催行される農協のツアー(農機具メーカーの招待旅行)、電機メーカーが販売店を招待する旅行、信用金庫が積立をしてくれた顧客に、利息で参加してもらう旅行。色々な団体旅行があり、何人もの添乗員さんからの聞き書きに、細やかな心づくしが見える。解散の時に拍手をもって感謝を示されるような添乗をすれば、それはまた次のビジネスチャンスにつながる。
東京オリンピックの際に選手団が乗ってきた飛行機が帰国する機体を使って日本人が海外に行くチャーター便による海外旅行の事例なども紹介されている。トイレの使い方、シャワーの使い方まで教えて回らないとならず、24時間お客さんの世話をし続けている添乗員さん。
そして、旅行に行くというとお餞別が各方面から寄せられ、お土産を大量に購入するという日本人の風習は江戸時代から現代まで変わらない。土産物店が旅行者たちに行ってきたサービスの数々も読んでいて興味深いし、海外旅行の初めの頃、持ち出せる円の制限があって、それでは到底足りないから、腹巻の中に現金を隠して持ち出していた旅行者たちのエピソードなども書かれていた。どのエピソードも生き生きとしていて、人が旅行に向かい合う正のエネルギーを強く感じさせた。
昔は旅行は命がけだったので、どうしても旅行者も男性が多い印象だが、実際は多くの女性がお伊勢参りにも行っているし(関所抜けのテクニックなども紹介されていた)、修学旅行も明治時代から、女子校も多く行っている。団体旅行とはやややずれるが、アンノン族(「an・an」や「nonno」の影響を受けて旅に出た女性たち)の現象なども考察されている。
読んでいて、旅行に行きたくなった(でも団体旅行でなくていいかな)。個人旅行の興隆の経緯についても読んでみたいな、と思った。
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