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その平均的な所に惹かれた

電子的なカッコウの鳴き声と共に、横断歩道の信号が青になる。歩き出す。確かに「通りゃんせ」の信号機は怖い。それよりかは、このカッコウの鳴き声の方が安心するが、あの不気味さの方が、記憶には残る。面白さを消して、体裁ばかりよくする人間の営みに、憂う。

横断歩道の終わり際、すれ違う男。香るレノアハッピネスの匂い。横目で伺い、僕は思う。

「なんて平均的な人なんだ」



彼の身長は、おそらく168cm。直毛で緩めの七三、目にかからないくらいの前髪である。服装は、まさにシンプル。多分、無印のダークグレーで少しオーバーサイズめのTシャツ、多分、GLOBAL WORKのクロップドベージュのパンツ、多分、購入したばかりの初期ベルトアップルウォッチ、多分、2年前の誕生日に妻がSAC'S BARで買ってくれたPORTERのショルダーバッグ、多分、靴だけはこだわりがあり、昔から繰り返し書い直して来た、黒のVans。

凄く凄く勝手ではあるが、とてもとても平均的な人だと思う。



彼の体型は、中肉中背。多分、昔バドミントンで県大会まで行ったので、ふくらはぎの筋肉はそれなり。今は小5の息子がハマっているサッカーを週末するくらい。彼は、息子の夢を応援している。息子に聞くと、将来は「イニエスタ」になるらしい。高校生の頃、体育祭で作ったクラスTシャツに、ふざけて書いた「A•INIESTA」の文字。息子はいつ見つけたのか、今ではYouTubeで毎日、イニエスタのプレー動画を見ている。多分「確かにカッコいいけど、小5でイニエスタはちょっと渋いんじゃないかな(笑)」なんて思っている。

自分自身、特に、取り柄は特にないけど、空いた時間で松下幸之助の本を読み、週末は藤井風が出演するフェスに行く。普段、ビールしか飲まないけど、今日みたいに気分が良い日は、シャンディガフを注文する。

基本、料理は奥さんに任せっきりかな。でも、パスタの茹で加減には自信がある。若い頃、同期に馬鹿にされた料理、何かだけでも、と思い、週8でパスタを茹でたから。好きな食べ物は、さわやかのハンバーグ。やっぱり静岡に生まれたから、ソウルフードはさわやかのハンバーグ。東京に来て、いろんな所でハンバーグを食べてみたけど、やっぱりさわやかは越えられないよね(笑)なんて思う。

静岡市に生まれて、大学進学を機に、東京に来た。駒澤大学経済学部に進学。SUUMOで賃貸情報を見ていたら、溝の口に、ワンルーム築浅7.5万円の木造アパートを見つけたので、そこに決めた。駅から17分、少し遠いけど、最近はAmazonで安い組み立て式のロードバイクが買えるらしい。それで駅まで行ってる。バイトは渋谷、地元の先輩がスポーツバーをしてるから、たまにそこで働くくらい。親が仕送りをくれているから、今は勉強に集中できる。父さんと母さんには、本当に感謝している。かといって余裕がある訳でもないし、家具はドンキで安い黒のガラステーブルと、フェイクレザーの座椅子だけ買った。

大学を卒業して、中目黒にある、りそな銀行に配属された。入社5年目、27歳の時に、1期上の先輩と結婚。彼女は、栃木のそこそこ良い所の出らしく、育ちが良い。あんなに綺麗に秋刀魚を食べる人は、見た事がなかった。彼女には、信念もある。尊敬できる人。彼女曰く、僕といると「落ち着く」とかなんとか。彼女はおしゃれ、家具が好きらしい。空き時間があると、いつもLOWYAかメルカリを見ている。一人暮らししていた頃の彼女の部屋は、無印家具が揃っていた。僕は、その辺には疎いので、同棲を始めた時に僕の部屋のものはほとんど捨て、ほぼ、彼女の部屋になった。服も無頓着だから、彼女が買って来てくれる。



横断歩道を渡り切った。

多分、そんな感じの人だ。平均的だ、すごく平均的だ。



多分、彼に「平均的だね」と言うと、多少ムッとするが、特に波風も立てず
その場をやり切るタイプの、とても平均的な人だ。

彼も自分自身で「僕は平均的だな」と思っていながらも、その辺にいる平均的な奴よりは、平均的じゃなく、少しは上だと思って優越感に浸る時間があるものの、そんな汚い目線を持っている事を隠している、とても平均的な人だ。

自分の醜さを受領出来ていない事にも気付いておらず、知らず知らず溜まっているストレスを、解放できるのはたまにある飲み会だけで、アルコールが抑え切れない自分を解放し、ゲロという形で表現してしまう、深層心理で嫌われるのを恐れ、出る杭にはなりたくない、出る杭になる方法もわからない、とてもとても平均的な人だ。多分。


振り返ると彼は、ビルの2Fにある大戸屋に入って行った。多分、すけそう鱈と野菜の黒酢あん定食を食べているに違いない。

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