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【9月を歩く】魚って水中で飯食ってるけど味すんのかな

歩きながら、考え事をしている。

めっきり、涼しくなった。夜はカーディガンを羽織り、ホットココア片手に、恋人と身を寄せ合いながら「寒いね」「うん、寒いね」のキッスがしたい。してみたい。そのくらいに、涼しくなったという事だ。しかし、油断して外に出ると「誰だよ、涼しくなったって言ったの」という怒りに侵される。季節の小悪魔に弄ばれている。銀杏並木。自然に生えたとは言い難い、整理されたロケーション。全校集会の生徒くらいビシッと整列されている。その間を通るのは、なんだか進路指導の先生になったようで、気分が良い。偉くなった気になれる。9月でも銀杏の葉は、緑のまま。もう少し先の秋に想いを馳せてみる。この道一体が黄色に染まり、地面に落ち葉とギンナンの実の絨毯が広がる。目の血走った子供たちが、ギンナンを投げつけ合い、それはそれは、臭くなる。秋。良い季節だ。ベンチには、グレーのTシャツが変色するほど汗だくになり、2度と立ち上がれそうにない、絶望した顔で水を飲むジジイがいる。余程カラカラなのか、500mlじゃ足りていなさそうだ。彼は、生きようとしているのだ。やっぱりまだ暑い。


歩きながら、考え事をしている。

交差点、片道4車線。長い横断歩道を渡る。歩行者信号が青になってから、それなりの時間が経っている。もう少しで、点滅しそうな予感。でも今、渡らなければ、次、青になるまでに7分くらいかかる。判断に迷うも、流石に7分もぼーっとする気分じゃないので「行ってしまえ」と渡り出す。なんとか渡り切れそうなので、ゆっくり歩く。左折してくる黒の高級車が「早く渡れよ、こんな車に乗れる俺様の1分1秒と、貴様の1分1秒とじゃ、重さが違うんだよ、急げ」という顔で見ている。なんだコイツ、偉そうだな。向けられた怒りの感情に、反射で睨み返すも、敵は一切、目線を逸らさない。なんだか怖くなってきた。本当に偉い人なのかもしれない。「急ぐか」という気持ちになる。でも、何もぜず屈するのも癪だ。なので「宇多田ヒカルの1分1秒に比べたら、コイツの1分1秒はカス、宇多田ヒカルの1分1秒に比べたら、コイツの1分1秒はカス」と念仏を唱え、自分を奮い立たせ、焦りながら速度を上げたような顔だけする。なんなら速度は下げる。


歩きながら、考え事をしている。

両の手を広げ、勇敢な彼氏が、徘徊し、餌を狙う鹿から、彼女を守っている。それを見て僕は「露骨だ」と呟く。


歩きながら、考え事をしている。

コンビニに立ち寄り、爽健美茶を手に取る。レジが混んでいる。会計する店員は1人。他にも居るのにいつまでも、たけのこの里を整理している。支払いに手こずるおじさん。どうしてもSuicaの使い方分からず、渋滞する列に、イライラした空気が流れている。それを勘付いているのか、尚、焦るおじさん。そりゃあそうだよな。50歳前後で、携帯の中にお金が入っていて、なにやら、レジの機械にかざすと、支払いが完了して、商品を持って帰れると言われても、納得いってたまるか、という気持ちになるだろう。彼は、紫のリュックを背負っている。目を凝らしてよく見ると、笑点グッズだ。使い古して、ロゴが掠れているが、あれは笑点のマークだ。「そんなのが販売されているのか」とか「紫ってことは円楽さんのか」などと思う。会計を終え外に出ると、向かいの雀荘の前に、スタッフ募集のポスターが置いてある。爽健美茶を開けて飲みながら、ポスターを眺める。横から千鳥足でワンカップを飲むヤツが近づいてきた。怖い。彼は興味があるのか、求人のポスターを見てニヤニヤしている。何が面白いのだろうか。この店に入りたいのか、ポスターに写る雀卓が可愛くて仕方がないのか、昨日の賭け麻雀で良い思いをしたからなのか。まぁ、なんにせよ、ご機嫌そうで何より。


歩きながら、考え事をしている。

周囲に誰も居ない事を確認してから、目を瞑り、歩く。草刈りの匂いがする。緑色が浮かぶ。蛙の声。森が風に揺れる音。遠くで微かに聞こえる金属音。肌にもわんと熱が当たる感覚。首筋を垂れる汗。口の中に溜まる唾液の味。歩けば歩くほど、感覚が鋭くなっていき「五感を1つうばったほうが、感覚が鋭くなるんじゃないか」などと、考えたりする。昔「魚って水中で飯食ってるけど味しないだろうに」と哀れんでいた時期がある。もしかして、水の中で味覚を失った方が、逆に、餌の味に鋭さが生まれるのかもしれないと思いつき「もしかしてエジソンが電球を発明した瞬間ってこんな気持ちだったのか」と思った。でも、だんだん、そんな事より、誰かに見られてないか、何かとぶつからないか、道からはみ出さないかと。そんな恐怖にばかり支配される。時代。




歩いても、歩いても、いらぬ弱気や、いらぬ恐怖は無くならない。勇敢な彼氏と、飯を探す鹿を見てるときは無かったのに。もうこんな時間か。あぁ、帰るのめんどくさい。

明日も歩くか。

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遠藤ビーム
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