取り憑かれる逸材
ミスった。初めから夢が変わらない大人になればよかった。
3歳から鍵盤に触れ続けていれば、今頃、世界的なピアニストになっていたかもしれないし、赤ちゃん歩きでボールを必死に追いかけ、親心をくすぐってあげていれば、今頃、シックスパックのCMに起用されるサッカー選手になっていたかもしれない。
僕は何かしらの、1000年に一度の逸材だったかもしれないのに、本当にミスったと思っている。
僕が『逸材』として世界に現れなかった事を謝りたい。僕の所為で、いくら程の経済効果の損失が起きてしまったのだろうか。どれほどの少年少女の夢を奪ってしまったのだろうか。本当に申し訳ない限りである。
まぁ、てな感じで言うとりますけども、実際ピアニストに、サッカー選手になりたかった訳ではない。ただ、彼らだけが持っている、才能を才能としきれる『強さ』みたいな物は本当に欲しかったなと。『これしかない』と思い切れる人間になりたかったし、自分が自分であり続けれる人間になりたかったなと。
僕は、小さい頃から『将来』という言葉に、具体性を見つける事が出来なかった。
『将来の夢は何ですか?』
そんな事を聞かれても、よく分からなかった。ただ、質問に『答えない』と出る杭になりかねないし、『答えておけば』周りは安心するので、一応答えよう、と思っていた。
聞かれた時は、咄嗟に空間をスキャンし、この場の空気に一番馴染む『夢』っぽい事を見つけ出し、ここは『〇〇みたいなスポーツ選手になりたい』で行こう、ここは『ピアニストになりたい』で行こう、といった調子だった。
小さい子供が『夢』っぽい事を言うと、大人たちは『お前には無理だな』と軽く遇らってみたり、『君ならなれるさ』と新芽を潰さないよう不自然に、そして丁重に扱ってきた。彼らは『夢』を誉めている訳ではなく『夢』を語れている僕を褒めていた。同級生たちも同様だった。総じて皆んな喜んでいる。思った通りだった。
大層な夢を言ってみはしたものの、叶うわけないし、夢の意味もよく分かんないし、力も入らなかった。第一『なりたい』となんて微塵も思っていない。
その『将来』って物体はいつ来るのか、その『将来』って物体は本当に来るのかを想像する事が出来なかったので、このような手段を取っていたのだ。
実際、僕がなりたいのは、
『右利きなのに左の方が握力強い人』とか
『一から無量大数まで言える人』とか
『部活を頑張りすぎて名誉の肉離れを起こした人』とかだった。
その方が、目にみえるように周りの態度が変わるし、喜んでくれるし、チヤホヤしてくれる。その方が、断然価値があるではないか。
僕にとっての将来というのは『来るかわからない数年後』より『今日の放課後』とか『二学期末』とか、ほぼ確実に来る未来だった。
しかし、予想外な事が起き始めた。体が大人に近づいて行くにつれ、周わりの人間たちが『夢』とやらに向かって走り出しているではないか。待て待て、君たち。それはどうやるのだ。それは、いつ教えてもらって、いつから走り出したのだ。どこに向かって走っているのだ。僕には分からなかった。皆んな、何やら墨汁を搾り、目標を半紙に書き出し、壁に貼り、胸に手を当て唱え、仲間たちと共に、一生懸命に努力をしている。
『肉離れ』を起こした僕を無視して、だ。これは由々しき事である。
まあ、確かに、実際は『肉離れ』など起こしていないのだけれども。左太ももの内側に感じた、若干の違和感を、これが『肉離れかもしれない』と自己暗示をかけただけ、なのだけれども。何も、無視しなくても良いではないか。
名誉の負傷『肉離れ』なのに、思いの外ヒーローになれなかったのである。
もしかして『肉離れ』は、すでに時代遅れなのかもしれない。だから、みんな『サッカー』に興味津々なんだな、と思った。
2006年のワールドカップ。たまたま誰も応援していなかったので『アルゼンチン』を応援した。なんか良い感じのユニフォームだな。ちなみにナショナルチームとクラブチームの違いって何なんだろう?まあいいか。
その年『リオネル・メッシ』が初めてワールドカップに出場した。
これはまずい事になった。どうやら、僕には『本物』を見抜く目があるようだ。そうか、僕には『サッカー』の才能があるんだな。
『僕の将来の夢はサッカー選手です』
でもなぜかリフティングが3回しか出来なかった。
もしかして『サッカー』は、すでに時代遅れなのかもしれない。だから、みんな『音楽』に夢中になっているんだな、と思った。
みんなは『HY』とか『レゲエ』とかを聞いてるようだ。だからちょっとズラして、たまたま知った『野狐禅』を聞き始めた。
なんか凄い熱量だな。
これはまずい事になった。どうやら、僕には『本物』を見抜く目があるようだ。そうか、僕には『音楽』の才能があるんだな。
『僕の将来の夢は音楽で生きて行く事です』
でもなぜか『竹原ピストル』から出る言葉や音の意味がわからなかった。
なぜか世界が僕を見てくれるのは、初めの『一瞬』だけで、気がつくと皆んな『夢』を見ていた。毎日毎日、飽きることも無く。
1000年に1人の『才能』があるって言ってる僕を無視してだ。全く、由々しき事である。
僕だけ何かズレているな。
と、まあ、こうして『環境に迎合』ばかりしていたツケで、来るはずのなかった、どうしようもなく、みっともなく、惨めで、弱くて、ゴミのような『未来』に来てしまった、という訳である。
『将来の夢って何ですか?』
あの質問をされた時に『迎合』なんてしてないで、とっとと自分と向き合ってさえいれば、嘘なんて付いていなければ、こんな後悔なんてせずに済んだんだろうなと思う。気づいた時にはもう遅いのである。
なので、僕はこれから来る『未来』の為に、仕方なく『自分の弱さ』を連れて歩く事にした、という訳だ。
いや、そんな偉そうなモノではないか。振り払っても振り払っても『弱さ』が付き纏ってくるだけか。コイツは寝ても覚めても付き纏ってくる。全く、プライバシーなんてあったもんじゃない。良い加減にしてくれ。
でも、まあ、もう、観念するよ。
こうして僕は、僕に取り憑かれる事にした。
おそらく夢というのは、外側の環境や立場の中にはなくて、内側にある自分に抱くもので、天才というのは、自分を自分にしきれる人の事を言うのだろう。
そんな僕にも、夢が出来た。
『僕の将来の夢は、僕でいる事です。』
このまま、弱さに付き纏われたまま。僕に取り憑かれたまま。
どうやら『それしかない』っぽい。
ああ、本当にでミスった。サッカー選手になっていれば、ピアニストになっていれば。
世界中の皆さん、ほんと申し訳ない。
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