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禍福はトム・ハンクスの如し



『自分を精神的に追い詰めて、映画への没入感を増幅させる』

これは僕が考えた、観劇ハックの1つだ。

これは、とても良い。『映画なんて見てる場合じゃない』のは当たり前で、気を抜くと天井の角を2時間くらい見つめている、そのくらいには追い込んだ方が良い。その方が、映画の世界観へ入れて、成功した暁には、脳がトリップする。

蛍だって、そうだろう?

家の裏山に行けばいつでも見られたあの頃も良かったが、一定のポイントまで追い込まれた現代の蛍の方が、より輝きへの有り難みが増すというものだ。





離婚の危機が訪れた。

結婚して約6年。小競り合いは何度もあったものの、喧嘩が原因で1ヶ月近くも、まともな会話をして居ない状態は初めての事だった。詳細は省くが、何にせよ爆裂に離婚危機だった。

これだけ一緒の時間を過ごすと、綺麗事だけじゃ済まない。そりゃあ、有り難みだけじゃなく、しんどい部分も見えてくる。

それは、性格的な話だけではなく、『家族がいる』ということ事態に負荷が掛かり、重くなってしまう事すらある。

夢や現実に、焦れば焦るほど、重荷になる。


そう思っていた矢先の喧嘩だった。『もう、勢いで離婚してやろうかな』と、何度もよぎった。

離婚した後の世界を想像した。1人での生活。家、お金、ペット。手続きの数々。住民票、カード情報、その他もろもろ。何をとっても、めんどくさい。

めんどくさいさを理由に、離婚に目を瞑り、一拍置いて、また『離婚してやろう』と、右へ左へ揺れ動いている。

結局、勇気がない。

もう一度、彼女の良い部分に目を向け、自分のダメな部分で蓋をする。『なんだか自分を無理に説得してるみたいだ』。自分が嫌になる。

コンビニで買ったカップ焼きそばを一口食べて、冷静になる。改めて思うのは、こんなにも嫁に『依存』をしていたのか、と。

混ざり切ってないソースが、不味そうに見えてきた。箸を置き、天井を見つめて『ああ、離婚か』と誰もいない部屋に独り言を放つ。帰ってくるのは、冷蔵庫の霜取り音だけだった。

落ち込んでいても何も始まらない。無理矢理に奮い立たせ、元気を焼きそばで流し込む。気分転換に、普段歩かないような夜道を、散歩してみる。路地に入ろうものなら、至る所から家族の香りがする。

『おれ、離婚すんのかぁ』

赤信号のぼんやりとした光の前で、律儀に停止した。


こんな時は、何にも集中出来ない。

普段ならお笑い番組を見たり、漫画を読んだりすれば、ある程度までは上げられる。今日はダメだ。何も手に付かない。いつもより、肩が凝っているような気がする。身体中に違和感がある。自分の身体じゃないみたいだ。

『離婚』という文字が、まばたきの度、通り過ぎる。何をしても何をしても、煮え切らない思いに、ため息が出る。

家に帰りソファに座ると、無音が怖くなった。僕は、Netflixをつけた。何を見るかは決まってない。『どうしようかな?』ザッピングだけが進み、選べない。無駄にチャンネルを回す時間に吐き気がする。

随分前にマイリストに入れた映画でも流そう。

正直、予告の内容も、あらすじも、何も覚えていない。というか、思い出す力が出ない。まあ、どうせ集中力が続くわけがないから、何でもいいか。


テレビに『キャストアウェイ』が放映し始めた。



何故か気になった。さっきまで、何にも集中できなかったのが嘘のように、釘付けになった。

無人島に漂流した彼は、どれだけ絶望な状況であっても、決して挫ける事は無い。生き残ろうとしている。

『妻の為だ』

彼の、光が眩しい。

もし、明日僕が、同じ状況に立たされたら、離婚の未来しかない。死に物狂いで島から脱出し、生活する国に帰ったら、嫁はもう名残惜しむ事も無く、前へ進んでいるだろう。

苦しい。

彼くらい、パートナーからの愛される覚悟があれば、何か違ったのだろうか。嫌気が差す。それが、より、映画に没入させていった。

映画の1シーン1シーンを、自分の現状と比較しながら観た。気付いた時には、トムハンクスと僕の境目がなくなっていた。僕が、トムハンクスだった。

トムが脚を切ったら、僕の足も痛い。トムが、叫ぶなら僕も叫ぶ。彼の感情全てに、呼応した。

僕は、トムだ。

彼は何年も諦めていない。でも、1人で生き続けている彼は、ついに、孤独に耐えられなくなった。そして、バレーボールの『ウィルソン』と友達になった。

そうか、何かに依存する事は、余裕を生む事だってあるのか。

タバコや酒もある種、そうなんだろう。何かに依存することで、繋がれる命だってあるんだ。


観終わる頃、僕は泣いていた。




この日から、崖に辿り着いた時は、トムハンクスを見るようにしている。彼は、いつも幸せの裏と表を見せてくれた。


僕が、無理難題を提示された時は『プライベートライアン』を見た。また、台湾の離島でスコールに遭い携帯が壊れ絶望し、さらにパスポートを失くした日は『ターミナル』を見た。気が狂うかと思った。さすがに追い込み過ぎた。

心がぶっ壊れるくらいの感情移入が出来る、観劇ハックだ。

極上である。

映画が終わったら、目も当てられない程の地獄だが、オススメだよ⭐︎

人生の崖の淵に立った時こそ、トムハンクスを見るべきである。これは真理の一つに固定しよう。

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遠藤ビーム
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