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“言葉の奥”を知りたいの。
最近、「真意」について2つ3つ記事を書きました。
おいえもじ、お前子供が産まれるっちゅー話で記事書いてたのに、急にどうしたんや!
と思ってくれている人がいたとしたらもう私のファンです。
ありがとうございます😙
↑この二つです。
さて、私は子供が産まれるという点から、子供のこと、夫婦のこと、私たちの事を書こうとnoteを始めたことがきっかけです。
でも産まれませません。
予定日の今日を迎えても音沙汰ありません。
なので、私たちをもっと深掘りし、私の仕事の事を記事にしようと思いました。
私は作業療法士として病院で勤務しており、かれこれ数千人と関わってきました。
作業療法士として、人と関わるときに、「踏み込みすぎない」と言うところが議論されることがあります。
踏み込む、踏み込まないのメリットデメリットを出せばきりがありませんが、人間が病気を患って入院したという、どちらかというとネガティブな人生のエピソードに対して、作業療法士が関わるだけで、「病気したけど、結果色んな人に出会えて少し人生が変わった」または、「人生を少しでも取り戻すことができた」となれば、私たち作業療法士の関わる意味があると思っています。
作業療法士として働く中で、ここ数年心に残った一人の患者様がおられます。
「この人は何を伝えたいんだろう?」
この患者様との出会いが、「真意」を深く考えるきっかけになりました。
そのきっかけを説明しますね。
彼女は知的障害があり、何かを伝えようとすると、その構図がぐちゃぐちゃになってしまいます。
例えば、「この作業が嫌なのか?」「何か困っているのか?」と聞いても、「嫌だけどやる」「やりたくないけど、でもやる」なんて話が堂々巡りになってしまうことが多くありました。
それならばと、言葉を一つ一つ深掘りしてみようと思った。
「何が嫌?」
「やらないとどうなる?」
「どうしたらやれる?」
すると、彼女自身も「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間があるのがわかった。
上手く言葉にできないだけで、彼女の中には明確な「思い」があることに気付いた。
ただ、それを整理することが苦手なだけでした。
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