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車にのるのがすきなんだ。 じつは、さんぽよりうれしかったりする。 いっしょに出かけられるのがうれしくて、車の下までかけあしでむかう。 ドアが開いたら、だっこしてのせてもらうのをまつよ。あまえんぼうってよくいわれてる。 車の中では、ひざの上でおとなしくして、窓から外の景色をみてる。かおはださない、あぶないからね。 窓からみえるのは、ぼくのしらない世界。遠くへいける。しらない場所へいける。ちっともこわくないよ。わくわくするね。 おねえちゃんも、おかあさんも、たのしそう
目の前に広がるのは、ガイドブックで何度も見た風景だった。 濃紺の山に、溶け残った雪。田んぼには、植えたての苗がお行儀よく並んでいる。 目を閉じると、鳥の声。体を包む、春の日差し。 息を吸い込み、はあっと吐いた。ふるふる、と心が震えている。何かに追われる毎日で固まった心が、ほぐれていく。 この気持ちを、誰かに伝えたい。でも、誰に伝えたらいいのだ。一人旅はやっぱり、少し寂しい。 腹が鳴る。寂しい気持ちのまま、蕎麦屋に入った。他に客はいない。 落ち着かない気持ちで座って
「たーくさんなってるよ」 祖母の声はいつも明るい。 ちょっとした冒険気分で畑へ向かう。キュウリの蔓でできたアーチをくぐり抜けると、一面に広がる緑。ナス、ピーマン、人参など、収穫時期を迎えた野菜がたっぷり実っていた。 もうすぐ80歳になる祖母は、今でも朝早くから夕方まで畑仕事をしている。 私の好きなトマトも、立派な実をつけていた。わぁ、と声をあげて近づくと、祖母が私の手に真っ赤に熟れたトマトをのせてくれた。 「こっちはフルーツトマト、甘いよう」 祖母は日焼けした顔を
「今日、ペルセウス座流星群の日なんだって」 庭でバーベキューの後片付けをしながら、母に言う。 「今日は見えそうだね」 見上げると、吸い込まれそうなほど真っ黒な空に、チカチカと星がゆらいでいる。 「ほんとうだ」 地元の夏の夜は涼しい。東京のような、息苦しい暑さはなく、ひんやりとしている。今では、ここに帰ってくるのは年に数回。そのたび、この庭から見上げる星空をどんどん好きになった。 流れ星を見るため、母と並んで、車のボンネットの上に仰向けに背を預ける。 「あ!流れた
桜のつぼみが膨らんだ頃、2人で旅をしていた。大学生の貧乏旅行だったけれど、久々の再会にふわふわとした幸せを感じていた。 空腹で歩いていると、湯葉料理店が目に留まる。本格的な湯葉料理を食べてみたい、とお店に入ることに。 高級なお店だと気づいたのは、メニューを開いた時だった。豪華な懐石料理が並ぶ中、一番安い湯葉定食を2つ注文する。 豆乳がしたたる生湯葉を口に入れると、すうっととろけていく。「おいしい!」と、顔を見合わせた。揚げ湯葉も、出汁に浸した巻き湯葉も、苺が添えられた羊
旅先で神社に行くのが好きだ。 昔は全く興味がなかったけれど、歳を重ねるにつれて好きになった。 まず、静かなところがいい。 静かな自然の中を歩いていると、日々の忙しさに追われていた心が落ち着く。 気持ちがリセットされて、背筋が伸びる思いがする。 そして、お参り。 自分と家族、恋人、大事な人たちの平和を祈る。 知らない土地にいても、離れた場所から大事な人を想うと安心する。 旅先で大事な人のことを想う時間は、少し地味かもしれないけれど、わたしにとって幸せな時間。
毎年、夏休みの恒例だった家族キャンプ。 車にテントを積んで、おやつをたくさん持って出かけるのが好きだった。 後部座席ではしゃぐ、わたしと弟。 鮮やかな芝生の上のテント。 外で食べる気持ちのいいご飯。 ランタンの灯りと虫の声。 寝袋の寝心地の悪さ。 朝早く母と散歩した海岸。 ザザー、ザザー。 波の音だけが聴こえる。 昼の騒がしさが嘘のように、朝の海は静かだ。 砂の上をビーサンでパタパタと歩きながら、淡いピンクの貝を見つけては拾い集めた
ある小さな港町。 まだ朝の7時だというのに、住民たちはすでに活動し始めている。 通りには海鮮丼やとれたての魚を売る店が並び、賑わっていた。 ある店でウニの瓶詰めを見ていると、 「おいしいよぉ!ゆっくり見てってね」 と店のおばあちゃんに声をかけられた。 80歳は過ぎているように見えるが、働く姿は朗らかで、若々しい。きらきらとした瞳は、まるで少女のようだと思った。 同じようにあちこちで明るい声が交わされていて、気持ちがいい。 わたしの朝はどうだろう。
雪がちらつく、夜の温泉街。呼吸をするたび、白い湯気が暗闇の中に吸い込まれていく。 宿に戻り温泉へ。冷えた体も温まり、部屋に戻ろうとした時「見てこれ、夜鳴きそばだって」と友人が立ち止まった。 この宿には、夜食として半玉のラーメンを振る舞うサービスがあるらしい。 私たちは迷わず食事処に入った。 囲炉裏を目の前にして座り、ラーメンをすする。時計は23時を指していた。 ふだんは後ろめたさを感じる夜食も、この時ばかりは気にせず食べる。やっぱり、夜に食べるラーメンは格別だ。
目の前にはきらめく青い海、ではなく、灰色の海が広がっていた。 幼馴染との沖縄旅行。張り切って水着も買ったし、きれいな青い海を楽しみにしていたのに。10月の沖縄にしては肌寒く、どんよりとした空からは小さな雨粒が落ちてくる。 「どうする?海、入る?」 普段ならこんな天気の日に海なんて入らないだろう。でもこの日の私たちは、不思議な高揚感に包まれていた。 「せっかく来たから入ろうか!」 一人が言うと、私たちは水着に着替えて海へ走っていく。急にやってきたスコールすら楽しくて、
「遠野に行きたい」 「どこか出かけようか」と母に聞くと、そう言われた。遠野とは、岩手にある河童の伝承地である。 「なんで?」 「だってカッパ、見たいじゃない」 そんなちょっと不思議な母の希望で、遠野にあるカッパ淵へやってきた。 カッパ淵には小川が流れている。湿気を含んだひんやりとした空気が漂い、薄暗くてなんだか不気味な場所。 カッパ捕獲許可証をもらって釣りができるらしく、キュウリを付けた糸を小川に垂らす。 「釣れるわけないよね」 そう思うが、何か「出そう」な雰