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旅する日本語

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コンテスト「旅する日本語」に応募した400字エッセイ
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記事一覧

さんぽ道をこえて

車にのるのがすきなんだ。 じつは、さんぽよりうれしかったりする。 いっしょに出かけられるのがうれしくて、車の下までかけあしでむかう。 ドアが開いたら、だっこしてのせてもらうのをまつよ。あまえんぼうってよくいわれてる。 車の中では、ひざの上でおとなしくして、窓から外の景色をみてる。かおはださない、あぶないからね。 窓からみえるのは、ぼくのしらない世界。遠くへいける。しらない場所へいける。ちっともこわくないよ。わくわくするね。 おねえちゃんも、おかあさんも、たのしそう

一枚の写真

目の前に広がるのは、ガイドブックで何度も見た風景だった。 濃紺の山に、溶け残った雪。田んぼには、植えたての苗がお行儀よく並んでいる。 目を閉じると、鳥の声。体を包む、春の日差し。 息を吸い込み、はあっと吐いた。ふるふる、と心が震えている。何かに追われる毎日で固まった心が、ほぐれていく。 この気持ちを、誰かに伝えたい。でも、誰に伝えたらいいのだ。一人旅はやっぱり、少し寂しい。 腹が鳴る。寂しい気持ちのまま、蕎麦屋に入った。他に客はいない。 落ち着かない気持ちで座って

食べて生きる。

「たーくさんなってるよ」 祖母の声はいつも明るい。 ちょっとした冒険気分で畑へ向かう。キュウリの蔓でできたアーチをくぐり抜けると、一面に広がる緑。ナス、ピーマン、人参など、収穫時期を迎えた野菜がたっぷり実っていた。 もうすぐ80歳になる祖母は、今でも朝早くから夕方まで畑仕事をしている。 私の好きなトマトも、立派な実をつけていた。わぁ、と声をあげて近づくと、祖母が私の手に真っ赤に熟れたトマトをのせてくれた。 「こっちはフルーツトマト、甘いよう」 祖母は日焼けした顔を

ここにしかない星

「今日、ペルセウス座流星群の日なんだって」 庭でバーベキューの後片付けをしながら、母に言う。 「今日は見えそうだね」 見上げると、吸い込まれそうなほど真っ黒な空に、チカチカと星がゆらいでいる。 「ほんとうだ」 地元の夏の夜は涼しい。東京のような、息苦しい暑さはなく、ひんやりとしている。今では、ここに帰ってくるのは年に数回。そのたび、この庭から見上げる星空をどんどん好きになった。 流れ星を見るため、母と並んで、車のボンネットの上に仰向けに背を預ける。 「あ!流れた

まどろみの中で

桜のつぼみが膨らんだ頃、2人で旅をしていた。大学生の貧乏旅行だったけれど、久々の再会にふわふわとした幸せを感じていた。 空腹で歩いていると、湯葉料理店が目に留まる。本格的な湯葉料理を食べてみたい、とお店に入ることに。 高級なお店だと気づいたのは、メニューを開いた時だった。豪華な懐石料理が並ぶ中、一番安い湯葉定食を2つ注文する。 豆乳がしたたる生湯葉を口に入れると、すうっととろけていく。「おいしい!」と、顔を見合わせた。揚げ湯葉も、出汁に浸した巻き湯葉も、苺が添えられた羊

心のある場所

旅先で神社に行くのが好きだ。 昔は全く興味がなかったけれど、歳を重ねるにつれて好きになった。 まず、静かなところがいい。 静かな自然の中を歩いていると、日々の忙しさに追われていた心が落ち着く。 気持ちがリセットされて、背筋が伸びる思いがする。 そして、お参り。 自分と家族、恋人、大事な人たちの平和を祈る。 知らない土地にいても、離れた場所から大事な人を想うと安心する。 旅先で大事な人のことを想う時間は、少し地味かもしれないけれど、わたしにとって幸せな時間。

家族キャンプ

毎年、夏休みの恒例だった家族キャンプ。 車にテントを積んで、おやつをたくさん持って出かけるのが好きだった。 後部座席ではしゃぐ、わたしと弟。 鮮やかな芝生の上のテント。 外で食べる気持ちのいいご飯。 ランタンの灯りと虫の声。 寝袋の寝心地の悪さ。 朝早く母と散歩した海岸。 ザザー、ザザー。 波の音だけが聴こえる。 昼の騒がしさが嘘のように、朝の海は静かだ。 砂の上をビーサンでパタパタと歩きながら、淡いピンクの貝を見つけては拾い集めた

おばあちゃん

ある小さな港町。 まだ朝の7時だというのに、住民たちはすでに活動し始めている。 通りには海鮮丼やとれたての魚を売る店が並び、賑わっていた。 ある店でウニの瓶詰めを見ていると、 「おいしいよぉ!ゆっくり見てってね」 と店のおばあちゃんに声をかけられた。 80歳は過ぎているように見えるが、働く姿は朗らかで、若々しい。きらきらとした瞳は、まるで少女のようだと思った。 同じようにあちこちで明るい声が交わされていて、気持ちがいい。 わたしの朝はどうだろう。

夜鳴きそば

雪がちらつく、夜の温泉街。呼吸をするたび、白い湯気が暗闇の中に吸い込まれていく。 宿に戻り温泉へ。冷えた体も温まり、部屋に戻ろうとした時「見てこれ、夜鳴きそばだって」と友人が立ち止まった。 この宿には、夜食として半玉のラーメンを振る舞うサービスがあるらしい。 私たちは迷わず食事処に入った。 囲炉裏を目の前にして座り、ラーメンをすする。時計は23時を指していた。 ふだんは後ろめたさを感じる夜食も、この時ばかりは気にせず食べる。やっぱり、夜に食べるラーメンは格別だ。

灰色の海

目の前にはきらめく青い海、ではなく、灰色の海が広がっていた。 幼馴染との沖縄旅行。張り切って水着も買ったし、きれいな青い海を楽しみにしていたのに。10月の沖縄にしては肌寒く、どんよりとした空からは小さな雨粒が落ちてくる。 「どうする?海、入る?」 普段ならこんな天気の日に海なんて入らないだろう。でもこの日の私たちは、不思議な高揚感に包まれていた。 「せっかく来たから入ろうか!」 一人が言うと、私たちは水着に着替えて海へ走っていく。急にやってきたスコールすら楽しくて、

カッパ

「遠野に行きたい」 「どこか出かけようか」と母に聞くと、そう言われた。遠野とは、岩手にある河童の伝承地である。 「なんで?」 「だってカッパ、見たいじゃない」 そんなちょっと不思議な母の希望で、遠野にあるカッパ淵へやってきた。 カッパ淵には小川が流れている。湿気を含んだひんやりとした空気が漂い、薄暗くてなんだか不気味な場所。 カッパ捕獲許可証をもらって釣りができるらしく、キュウリを付けた糸を小川に垂らす。 「釣れるわけないよね」 そう思うが、何か「出そう」な雰