一枚の写真
目の前に広がるのは、ガイドブックで何度も見た風景だった。
濃紺の山に、溶け残った雪。田んぼには、植えたての苗がお行儀よく並んでいる。
目を閉じると、鳥の声。体を包む、春の日差し。
息を吸い込み、はあっと吐いた。ふるふる、と心が震えている。何かに追われる毎日で固まった心が、ほぐれていく。
この気持ちを、誰かに伝えたい。でも、誰に伝えたらいいのだ。一人旅はやっぱり、少し寂しい。
腹が鳴る。寂しい気持ちのまま、蕎麦屋に入った。他に客はいない。
落ち着かない気持ちで座っていると、店主がやってきた。
「良かったらどうぞ」
手渡されたのは、一枚の写真。田んぼの水面はまるで鏡のように、青々とした山を映し出している。
「わ、きれい」
思わず口元がゆるむ。店主も優しく笑ってくれた。
好きなものを誰かと共有することは、こんなにも温かい。
ふわっと蕎麦の香りがした。
帰ったら、このことを伝えたい人の顔が浮かんだ。
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