可愛くなったね
「なんか可愛くなった?」
金曜日の夜、久しぶりに会った彼がそう言った。
嬉しくて少し恥ずかしかった。
21時からの約束だったけれど、珍しく18時過ぎには会社を出られたから、一度家に帰ってシャワーを浴びて入念にメイクを直して髪も巻いた。
可愛くなったよ、私。ちゃんと可愛くしてきたんだよ。
ここ数ヶ月、私の方からなんとなく距離を置いていた。
理由はいくつかあって、うまく言葉でまとめられない。
どんなに頑張っても手に入らない人。
一緒にいる時、どれだけ幸せだと感じても決して消えない罪悪感。
このまま会い続けていいのだろうか。
そんな気持ちがずっと心のどこかにあった。
それと同時に、出会ってから1年ちょっとが経って、少し飽きてきて他の人に目移りしてしまっていたこともある。
それ以外にも、彼が出張や家族の事情でそばにいないことが多くなったり、とか、いろいろあった。
でも、久しぶりにこっちに戻ってきたと連絡が来て、会いたいなと思って夜ご飯に誘った。
会ったらやっぱり楽しかった。
一緒にいて落ち着く、何でも話せる、そんな人ってなかなか出会えないと思った。
「明後日何してる?俺暇なんだよね。遊ぼうよ。」
日曜日はできれば外に出たくない私を誘ってワクワクさせられるのは彼くらいだと思う。
水族館に行きたいという私に、動物園派だと返す彼。
いつも通り私の意見は尊重されなくて、でもそれを嫌だとは思わなかった。
結局どこに行くかは決まらなくて、土曜日中にそれぞれ候補を出して決めることにした。
お店を出てから、いつも通り一駅歩いた。
「俺、今日みたいな服が好き。やっぱり綺麗めの方が似合うと思う。今日の感じめっちゃ好き。」
知ってる。知っているし、10個も年上の彼に子どもっぽく見られたくなくて頑張っている。
彼が愛おしそうに私の手をとった。手を繋ぐのはいつぶりだろうか。少しドキドキした。指を絡めた時に薬指の指輪に触れる感覚も久しぶりだった。
このお店おしゃれ〜美味しそう〜と立ち止まる私の腕を彼が強めに引き寄せて、立ち止まってキスをした。すごくドキドキした。嬉しかった。彼も嬉しそうだった。
幸せな気持ちのまま改札の前で別れて、日曜日へのワクワクを膨らませながら家に帰った。
日曜日の朝、いつも早起きな彼からの連絡が来なかった。きっと土曜日遅くまで飲んでいたのだろうと思って、のんびり丁寧に出かける支度をした。
支度をし終わって、朝はやく干した洗濯物が乾いた12時半、今起きた、と連絡が来た。ちょうどいいタイミング。
14時、電車の中で合流した彼の顔が史上最強に浮腫んでいて思わず笑ってしまった。
最悪なコンディションでも約束してたからって来てくれたのがなんだかちょっと申し訳なかったけど嬉しかった。
そこから1時間くらい電車に乗った。手を繋いできて、私の肩にもたれる彼。ドキドキした。窓の外は快晴で、秋の空気が心地よくて、全てが完璧で、このまま時間が止まればいいのにと思った。
いつも夜に会って飲みに行くことが多かったから、久しぶりに昼間にデートできるのがなんだか新鮮だった。
城下町をぶらぶらして食べ歩きをした。事前に調べて食べようと言っていたものは全制覇して、日が落ちる頃にお城の天守閣に登った。高所恐怖症でずっと壁に張り付いている彼の横で、はしゃぎながら夕陽の写真を撮る私。
空がすごく綺麗だった。夕陽と半月と古い街並みと彼。目に映るもの全てが愛おしかった。
ひと通り楽しんで、19時くらいにはお腹が空いてイタリアンに行った。ビスマルクがすごく美味しかった。
お店を出てタバコを吸いながら、今日今までで一番楽しかったかも、いつも楽しいけど、と彼が言った。
私もだった。なんだかすごく楽しくて、充実していて、満たされた1日だった。
なのに、11月にここ離れるんだよね、なんて、聞きたくなかった。
会社は変わらないから週1回は来ると言っていたけれど、なんだかこのままもう会えなくなってしまうんじゃないかと不安になった。
改札の前で離した彼の手を、遠ざかる背中を、掴みたかった。
帰り道、涙が溢れた。
手放そうとしてもできなかった彼を、もう本当に手放さなければいけないのかな。もう潮時なのかな。
私がここにいる理由がまた1つ、消えてしまいそうだ。唯一仲の良かった親友が結婚して遠くに引っ越して友達がここにはいなくなって、これから彼までいなくなったら、私はここにいる理由が本当になくなってしまう。
そんな気持ちで家に帰ってからまた考えて泣いてしまった。
やっぱり寂しい、と彼にLINEを送ったら、会えなくなるわけじゃないんだから大丈夫、と返ってきた。
分かってる。でも寂しいんだよ。
やっぱり昼間のまま時間が止まってほしかったな。