私立学校における働き方改革の現在地と今後の重点課題(後編) | 【月刊 学校法人】連載企画 2023年12月号
月刊「学校法人」に連載している「教育テックで変える未来社会」から、過去掲載された記事をnoteでご紹介させていただきます。
転載元:月刊 学校法人(http://www.keiriken.net/pub.htm)
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教育テックで変える未来社会(第10回)
私立学校における働き方改革の現在地と今後の重点課題
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子どものために長時間労働を続けても、 子どものためにならない
当面の労基署の指導はクリアできたとしても、労務管理と働き方改革の形骸化、停滞は、少なくとも3つの観点から放置できない大問題である。
教職員の健康への影響
第一に、教職員の健康悪化への影響。タイムカードなどの出退勤データは、労基署からやれと言われたから取るのではない。残業の「見えない化」が進むと、過重労働気味の人や連続労働(休息、休日が取れていない)の人の実態が見えづらくなる。最悪の場合、過労死や過労自死に至るケースが各地で起きている 4) 。労務管理と働き方改革は、教職員の命と健康を守るためのものである。
教育活動と児童生徒ケアの質の低下
第二に、教育活動の質や児童生徒へのケアにマイナスだ。公立学校についてのデータだが、「小学校の学級担任の約41%が〇〇である」という調査結果がある。わたしの研修等ではこのクイズをよくしているが、何の数字だろうか? 実はこれ、不眠症と疑われる教員の割合である 5) 。私立中高等でも、睡眠時間を削ってでも授業準備や部活動指導に尽力している先生は少なくないと思う。だが、眠くて、いい授業になるだろうか? また、寝不足では、ついついイラっとしやすくなったり、不用意な言葉がけをしてしまったりするときもあり、児童生徒を傷つけてしまうこともある。
教職員の成長と人材獲得への影響
さらに申し上げると、精神的にゆとりもなく、家と学校とを往復するだけの日々では、教職員の視野は広がらないだろう。つまり、働き過ぎは、自己研鑽や学びにマイナスだ 6)。児童生徒には「主体的に学ぼう」とか「探究」などと言っておきながら、教職員が探究できないようでは、どうかと思う。とりわけ人事異動の少ない(もしくは、まったくない)私立学校では、慣れることで職場の居心地は良いかもしれないが、教職員の成長意欲が停滞してしまうリスクも大きい。また、今後長年付き合うであろう人間関係に気を配るあまり、管理職や同僚から授業や生徒指導等について厳しく指摘し合うといったことも少ないかもしれない(「心理的安全性」が低い)。
あなたの学校は、成長できる職場だろうか、教職員は学び続けているだろうか。労基署はこうしたことまでは気を配ってくれない(管轄外だ)。第三に、人材獲得やリテンション(離職防止)にマイナスである。家庭やプライベートも大切にする価値観の人も増えてきた。みなさんの学校でも、男性の育休取得者が増えているのではないだろうか。働き方改革を進めることは、人材の獲得にも、優秀な人材を休職もしくは流出させないためにも重要だ。
先生たちのなかには、児童生徒のことを思って、長時間労働を続けている人も多い。また、経営陣・管理職もそうした熱心な教職員をこれまで褒め讃えてきた。だが、健康、教育の質、人材獲得の3点で、働き過ぎの放置は、子どもたちのためにもならない。
働き方改革2.0へのモデルチェンジ
では、今後はどうしていけばよいだろうか。 まず、申し上げたいのは、今回取り上げた2つの問題、「残業の見えない化」と「取組の形骸化」 に対処していくことが重要だ。加えて、図2のように、これまでの反省を踏まえた姿を考えていく必要がある。
内発的、主体的。
①については、教職員にとって、法人や管理 職から残業を減らせと指示され、やらされ感が 募るばかりでは、自ら考えて改善しようという ものにはなりにくい。当初はちょっとした取組 からでもよいので試行してみて、教職員が「自 分たちの職場は自分たちで変えていける」と いう効力感、手ごたえを感じられるようにして いくことが重要だ。わたしが伴走支援として年 間数回フォローアップとコンサルテーションに 入っている学校では、そうした内発的な動きに なりつつある。
教職員と児童生徒の健康、 ウェルビーイングを高めるため。
②については、残業を減らすこと、時短が目 的化した動きでは、残業の「見えない化」など の問題を引き起こすことになりやすいし、何よ り、多くの教職員にとって楽しくない。また、 前述したとおり、働き過ぎは、教職員の健康や 子どもたちへも悪影響がある。
働き方改革 2.0 では、教職員と児童生徒の健康、 ウェルビーイング(心身ともに良好な状態)を 高めることに主眼があり、そのための手段のひ とつとして、一部の業務は果敢に減らす必要が ある。関係者(教職員、法人経営陣、児童生徒、 保護者等)は、このことをよく共有したい。
多忙の内訳を診断し、よりメス を入れるべきところに向き合う。
③については、タイムカード等のデータのみでは、何に忙しいかが分からないので、メスの入れどころが必ずしも明らかにはならない。部活動など明らかに負担が重いものは自明だろうが、意外と採点やコメント書きなどに時間を要している場合などもある。家計簿をつけることに似ているが、ワークログ(何にどのくらい時間を使っているか)などを記録し、多忙の内訳を診断した上で、必要な対策をとることが肝要だ。
仕組みや環境、組織も変える。
④については、管理職や教職員向けに研修を 1 度やったくらいで、その学校の長年の慣習や 仕事の仕方を変えられるほど、甘い世界ではな い。また、「働き過ぎなのは、その人の意識やタ イムマネジメントスキルが問題だからだ」と述 べる経営陣・管理職に、わたしはよく出会う。 たしかにそうした反省点もあろうが、本人の意 識やスキルのせいばかりにはできない背景・要 因も多い。たとえば、強豪校の部活動の顧問を しているのは学校事情もあるし、校内業務で属 人化した仕事の側面が強いなら、それは組織的 なマネジメントの問題でもある。校務や学習支 援を行うための I C T 環境が劣悪なせいで、余計 に手作業で手間がかかっていることなどもある かもしれない。仕組みや環境、組織的な問題に も注目するべきだ。 教職員の残業時間ならびに持ち帰り仕事の状 況などを、衛生委員会や校内研修などで定期的 に確認しつつ、本人任せにしないで、どうすれ ば負担軽減や役割分担の見直しが進むのか、関 係者で知恵とアイデアを出していきたい。
隗より始めよ(率先垂範)
⑤については、学校法人等からは、校長や教 職員に対して、「現場でもっと工夫せよ、頑張れ」 と述べがちだ。この気持ちも分かるし、各校で できることも多いのは確かだ。だが、同時に、 仕組みや環境の問題に注目することにも関連するが、法人のほうで主導、支援できることも多 くあるはずだ。
たとえば、昔ながらの事務作業のままで、教 職員の生産性やモチベーションを阻害している ものを取り除く、見直す。育児や介護による休 暇・休職が増えているなら、その見込みをアップデートして補充計画や対策を立てる。部活動 や補習などで面倒見のよいことを過度に PR せ ず、授業をはじめとする教育活動の特色などを もっと広報する。教職員の副業(複業)や有休 消化を奨励し、探究する人材を愛でる。法人の ほうから率先垂範できることは、ほかにもたく さんあるはずだ。
最後に少し、本稿で提案したことをまとめる。 働き方改革は、教職員の命、健康を守ることであるし、教職員が学び続けるゆとりを取り戻 すための職場改善プロジェクトでもある。そし て、さまざまな人材が、育児や介護があっても活き活きと働き続けやすい職場になれば、それは若者等にとっても就職希望先となるはずだ。 そうした観点から、これまでの労務管理と働き 方改革の考え方や方針、取組状況を各法人、学 校は批判的に振り返り、取り繕うのではなく、 やってよかったと思えるものにしていってほしい。
転載元:月刊 学校法人 http://www.keiriken.net/pub.htm
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