女性が輝く社会のウソ!? 笑える『バービー』 は、女性映画としても風刺としても観る価値あり
この夏、最大のヒット作となった映画『バービー』
1ビリオンダラー(約1400億円)を超える売上となって、グレタ・ガーウィク監督は、女性として初のビリオンダラークラブに仲間いりをしました。
8月11日から日本公開!
じつはわたし自身、もともとは観るつもりがなかったのですが、バーベンハイマーで騒ぎとなったおかげで、むしろ興味をひかれて観た次第。
そしたら予想を超えて、「お−!面白い」だったんでした!
笑えて、しかも風刺のスパイスが利いた、ポップなフェミニズム映画。
「女性が輝く社会」のウソや、「毒になるマスキュラ二ティ」や男が教えたがる「マンスプレイニング」、あるいは「仕事はがんばらなくちゃいけないけど、がんばりすぎてはダメ」という女性が直面するダブルバインドといった、ずばり「女性」の問題について考えさせられる映画なのです。
目に楽しいビジュアルの完成度
まずバービーの楽しさは、なんといってもビジュアルが秀逸なこと。
「2001年宇宙の旅」のオマージュである冒頭から、バービーの住むバービーランドのビジュアルがすばらしい。
目の保養のことを、英語では eye candy といいますが、まさにアイ・キャンディ。
それもそのはずコスチュームデザインは、アカデミー賞受賞者、ジャクリーヌ・デュラン(「わたしの若草物語」「アンナ・カレーニナ」)
セットデザインは数々の賞に輝く、サラ・グリーンウッド(「シラノ」「美女と野獣」)
バービーランドはすべてがピンクで、女性が大統領をつとめていて、あらゆる労働も女性たちが担っています。
多様性の時代だから、もちろんプラスサイズのバービーもいれば、車椅子のバービーもいます。
ケンはボーイフレンドだけど、エッチはしない間柄(そもそも人形なので、アソコがない)
そして女友だちと、ガールズナイトをご満悦。
きれいなこと、楽しいことだけで、家事も一切ない。ゴミも一切ない。
いや、これ、たしかに最高ですやん。
それがある日、ふとバービーにネガティブな考えがよぎったとたん、何かが変わり、ワッフルは焦げ、空を飛べなくなり、シグネチャーの 「バービー・フィート」(ハイヒールを履くようにかかとを上げた状態)が床にべったりとついたフラットフィートになってしまうという異変が。
その原因を探るため、バービーは、ケンと一緒に人間世界へと旅立っていくというストーリーです。
そして外の人間世界では、バービーランドとは違って、男性が権力のトップにいるのでした。
現実を知ってしまったバービーとケンは、はたしてどうなるのか!?
リアルな女子を描くのが得意なガーウィク監督
グレタ・ガーウィグ監督といえば、『レディ・バード』が出世作。さまざまな映画賞でノミネートされて、全米映画批評家協会賞では、栄えある作品賞と監督賞を受賞。
そこから大予算の『わたしの若草物語』を手がけて、ハリウッドの売れっ子監督に。
ガーウィク監督の描く女性たちは等身大であるところが魅力でしょう。
『レディバード』も、シアーシャ・ローナンがヒロインを演じていますが、女の子の「ある、ある」を感じさせてくれるキャラクター。
傷つき、ぶつかり、紆余曲折しながらも、みずから切り拓いていく人生、という女性のリアリティを描くのがうまい監督です。
男性監督が描く女性像は、だいたい完璧であるか、ミステリアスであることが多いので、このリアリティは貴重。
今回の『バービー』は、完璧ワールドに住む完璧ガールですが、ここでからんでくるのが、現実世界に住む一般人代表、アメリカ・フェレ—ラ(←うまい配役!)
バービーは完璧ワールドから転げ落ちてしまうのですが、完璧であることだけが価値ではない、という発見をさせてくれます。
みずからを茶化したマテル社がすごい
バービーは1959年に発売されて以来、現在、150以上の国と地域で年間9000万体が売られているとか。
映画では、マテル社が出てくるのですが、よくこれを企業が承諾したなー!というストーリー展開なんですよ。
マテル社の社長を演じるのが、ウィル・ファレル(すごい配役 笑)
重役会議はハート型のテーブルを囲んで男性ばかり。
「ここに女性の重役はいないの?」と尋ねるバービーに、ウィル・ファレル社長が答えていうには、
「わが社はジェンダーニュートラルなトイレを備えている」
「私の親しい友人には、ユダヤ人がいる」
などなど、「リベラル」に見せかけるセリフが秀逸!
この「友だちにXXがいる」というは、よく人種や性差別する人が「いや、私は差別主義ではない、友人にXX(XXには黒人、ユダヤ人、東洋人、移民、LGBTQなどが当てはまる)がいる」といった言い訳をするんですね。
ここでは一切、ユダヤ人の話が出ていないのに、お決まりの言い訳をするウィル・ファレルがもう(苦笑)しかもマテル社の実際の創設者も現社長もユダヤ系なんですよね〔汗笑)
参考までにいうと、現実のマテル社の重役陣には、ちゃんと女性もいます。ただしCEOやCOOというトップの権力者は、やはり男性。しかもいっちゃなんだが、社長はちょっとウィル・ファレル似(苦笑)
しかもイスラエル出身のアメリカ人という、本家ユダヤ系です。
バービーの社長というより、球団のオーナーみたいに見えますね。
社長の描写はフィクションとはいえ、ウィル・ファレルが強烈すぎ。
しかもマテル社の重役たちが、最後までバカすぎる役まわりを演じていて、いやー。よくこんな自虐ギャグを入れたものだ、と感心します。
バービーそのものがアンビバレンツな存在で、
「女の子たちに理想の美やスタイルを押しつける」
という一方で、
「女の子たちをエンパワメントする」
と相反する価値観を担っているのです。
バービーを演じるマーゴット・ロビーは、まさに適役。
完璧にバービーになれるルックスを備えながら、ハーレクインやトーニャ・ハーディングなど狂気な役も演じてきた幅広い演技力で、説得力あり。
ケンを演じるライアン・ゴスリングは、公開前はアメリカでも「ケン役には歳とりすぎている!」というブーイングが起きていたんですが、映画を観れば、完璧なキャスティング。
ケンのウザさを余すところなく演じて、笑わせてくれます。
『ドライヴ』や『ブレードランナー2049』のクールで、ニヒルな彼とは別人(笑)
ライアン・ゴスリングは内部に空虚を抱えた人物が似合うと思うんですが、たしかにケンも内部が空虚かも(笑)
バービー人形が嫌いだったわたしの経験
ここで個人的な想い出を話すと、わたし自身は小さいときにバービー人形を持っていましたが、それで遊んだという経験はありません。
親が与えてくれたものだったのですが、そのバービーちゃんは、めちゃくちゃアメリカンだったのです。
顔つきも大人びていて、アイシャドーなんかしちゃって、たとえていうなら、往年のハリウッド女優、キム・ノヴァクとかティッピー・へドレンみたいな美人なわけです。
8頭身で、すらりとしていて、ふつうの人形に比べて、とにかく縦に長い。
「げー。全然かわいくない!」
と感じてしまった、わたしだったのでした。
当時は「キューピーちゃん最強!」と信じていたので、キューピーちゃんサイズの人形だけを集めて、「お人形村」という別天地を、頭のなかで作っていたのです。
お人形の着せ替えごっことか、おままごとは一切興味がなくて、お人形たちを使った冒険物語を空想して、夢中になっていたのでした。
この「お人形村」のなかで唯一のオトナが、バービー先生。
子どもたちを叱る先生というキャラづけでした。
その後もリカちゃん人形などで遊ぶことないまま終わったので、正直なところ、お人形を着替えさせて遊ぶという感覚がわからず、女の子たちが本当にそんなにバービー好きなのか、という疑問もあります。
ダウン症のバービーもあるダイバーシティ
その後、超絶美人だったバービーもモデルチェンジをして、「ガールズ・ネクスト・ドア」(近所の女の子)のルックスになっていったのです。
「You can be anything」というブランドメッセージを掲げ、「あなたは何にだってなれる」というメッセージを発信するバービー。
だから職業バラエティにも富んでいて、警官バービーもあれば、医者バービーもあるし、アイスホッケーバービーもある。歴史的にふりかえると、現実の世界で女性宇宙飛行士が出るより前に、バービーでは宇宙飛行士が発売されたのだとか。
さらに多様性を広げて、車椅子のバービーもあれば、ダウンシンドロームのバービーもあるのです。
なんでそこまで色々と作るのか?
というと、アメリカでは多様性を語るときに、
「そこに自分に似たひとがいる」
というのを、大事にするのですね。
自分と似た誰かをそこに含めると、「自分も含められている」と考えるのです。
だから、アメリカのコマーシャルでは、あらゆる人種が出てくるわけです。
インクルージョンというコンセプトで、商品を展開すれば、さまざまなバービーを出していくのは当然のこと。
ひるがえってみると、タカラトミーのリカちゃん人形では、プラスサイズのリカちゃんや車椅子のリカちゃんはいないし、服もかわいいドレスばかり、職業を打ち出したシリーズもありません。
はたして日本の女の子たちは、本当にこんなにかわいい恰好のリカちゃんばかりを求めているんでしょうか。理念として伝えたい女性像は何なんでしょうか。
医者や弁護士バービーが重要な理由
では、「医師バービー」が、なぜ必要なのか?
正直いうと、子どもの気持ちになってみれば、ここまで「役割限定」した人形で遊びたいわけじゃないでしょう。
将来、医者になりたいからって、「医師バービー」で遊びたいわけではなく、お医者さんごっこセットとかに興味を示すんじゃいですかね。
子ども視点のマーケティングでいえば、なにも「医師バービー」の需要があるとは思えないのです。
それよりも重要なのは、「医師バービー」があることで、「女性の医師」という映像がインプリントされることでしょう。
具体的に「ない」ものは、それに「なりたい」というモチベーションも引き起こさない。
昔は、医者といえば男性だったから、女の子にとって「なりたい」職業ではなかったわけですね。
それが女性の医師が出てきてくれることで、映像として目に入り、情報となり、「可能性がある」となると、だんだん医師をめざす女性が増えてくる。
今では、女医はふつうに存在しますが、かつてはそうではなかったわけで、先駆者のロールモデルがいかに重要かといえます。
そして企業にとって重要なのは、企業理念を打ち出すこと。
たとえば「ダウン症のバービーを新発売」となれば、必ずニュースや経済誌にトピックとして取りあげられる。
ダイバーシティとインクルージョン、そして女性のエンパワメントを掲げるマテル社、という打ち出しができるし、企業の株価にも影響します。
「女性が輝く社会」のウソ
しかしこの「女性へのエンパワメント」「輝く女性像」には、矛盾が含まれているのです。
バービーたちが暮らすバブルのなかのバービーランドでは、ファッショナブルな若い女性たちが政治を動かしています。
でもそれは欺瞞であって、現実社会に出れば、まったくそんなことない。中高年の男性が大統領や社長であり、権力を掌握している。
マテル社だってトップは、じつは男性だというのが現実。
そして今どきの高校生女子には、バービーは「フェミニズムを50年間、引き戻した元凶」と罵られるのです。
バービーは「セクシャライズされた資本主義」で、「非現実的なスタイル」で、女の子たちの自尊心を損ない、「大量消費を美化する」存在だと。
うううう、その通り!
日本でも「すべての女性が輝く社会」という政策がありますが、わたし自身、ものすごくその言葉には違和感を覚えています。
すべての女性が輝く社会ってなに?
くすんでいたり、地味だったりしたらいけないの?
輝くって、そもそもどういう意味?
本作で、マーゴット・ロビーが演じるのは、「典型的なバービー」と自認している、まさに輝くバービー。
いつも完璧にきれいで、ポジティブ。
そして典型的なバービーには、ビーチで遊んだり、ケンとデートしたりする以外に、なにもやることがないのです。
いっぽうケンにしたら、ケンはバービーの付随物であり、独立したケンがないのも気の毒な話。
女性であれば、権力者や富豪の男性と結婚して、みずからのステイタスを何段飛びでアップすることもありますよね。
でも男性がこれをやると、叩かれることが多い。
ケンに代表されるように、男性には「社会的に認められなければ生きづらい」という問題があるわけです。
そしてまた異性にとってのアクセサリーというバービーランドのケンは、じつは現実社会での女性たちのメタファーともなっているのです。
このように相反する価値観がバービーというポップカルチャーにギュギュッと詰めこまれていて、スパイスが利いた風刺映画となっているのです。
女性が直面するダブルバインドについて語ろう
そして今作で、なにより考えたいテーマは、女性に対するダブルバインドでした。
これこそバービーが持っている自己矛盾であって、バービーは「美しく完璧」でいながら「医師」や「宇宙飛行士」や「スポーツ選手」であるというロールモデルなのです。
ダブルバインドというのは、二重拘束のこと。
健康的でいなくちゃダメだけど、痩せていなくちゃダメ。
母親であることに幸福を感じなくちゃいけないけど、子どもの話ばかりしちゃダメ。
仕事は成功しなくちゃならないけど、偉そうにしてはダメ。
ちょっと怒る顔ならかわいいけれど、本当に怖く怒ったらダメ。
もっといえば、女性は年をとっちゃダメ。
いつも感謝しなくちゃダメ。
なにをやっても足りないと感じて、失敗すれば自分のせいだと責めてしまう。
たとえ成功しても、まるで自分を偽物のように感じてしまう。
「トップガン マーヴェリック」のトムちんは無茶やワガママをやってもいいけれど、もしヒロインがそれをやったら、もはや「ハーレクイン」のような狂人とみなされる。
なにも社会から押しつけられるものだけでなく、女性同士でもなにげなく口にするセリフもあるものです。
「あんなに髪をふりみだしてまで、働きたくないよね」
「あのひと、もはやオンナ捨てているよね」
ことに現実的に、ダブルバインドが強いと感じるのが、日本。
日本の女性は社会から期待されるものが大きくて、仕事で忙しいのに、メイクもヘアもネイルも整えている人が多くて驚くし、痩せた体型を維持して、服がほぼ9号しか売っていないし、さらに健康的なお弁当やら作り置きやらがんばっているし、おまけに性格的にかわいいことも求められて、
「ド疲れさまです!」
と頭を下げたくなるほど、なんつうか、日々がんばっているわけです。
「女性は人に好かれるために、自分を縛りつけなくちゃいけない、それにうんざりした」
というようなセリフが、映画のなかであるのですが、かなりグサリと刺さりました。
わたし自身、ひとに嫌われることが怖いし、ふだんひとから嫌われたくないためだけに行動していることのなんと多いことか。
自分が不完全であっても、オーケイといえるか。
輝いていなくても、自分を肯定できるのか。
その問いかけをするバービーは、ポップなコメディなのに、心に刺さるテーマを持つ映画でした。
フェミニズム映画としても、めちゃ楽しめるバービーは、2023年を代表する快作であるのは間違いなし。
追加すると、マテル社は大ヒットを受けて、映画からインスパイアされたバービー人形やケン人形を発売するそうです。
さすが社長をウィル・フェレルが演じる自虐ギャグをしても、ちゃっかり儲けるところでは、儲けていますね!商売上手!
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