今なお戦争の傷に苦しむ男たち 『2度目のはなればなれ』
■あらすじ
2014年6月5日。イギリス南部の町ホーヴの老人ホームから、一人の入居者が姿を消した。彼の名はバーナード(バーニー)・ジョーダン。彼はノルマンディ上陸70周年の記念式典に参加するため、同室の妻のアイリーン(ルネ)にも内緒でこっそりホームを抜け出し、フランスに向かったのだ。
長年連れ添ったルネは、夫のバーニーがどこに向かったのか察しているが、施設の職員には黙っていた。だが間もなくバーニーの失踪をマスコミが聞きつけ、彼は「偉大な脱走者」として有名人になってしまう。
バーニーはフランス行きのフェリーで、大戦中はパイロットだったアーサーと出会う。彼は一人旅のバーニーを気づかい、フランスで宿が決まっていないなら自分と相部屋にすればいいと持ちかける。バーニーはこの提案を受け入れることにした。
翌日は記念式典。だが二人は式典チケットをドイツ人に譲り、自分達の過去に向き合うためある場所を目指すのだった。
■感想・レビュー
実話の映画化だ。事件のあらましは映画にほぼそのまま描かれているようだが、一人の老人が介護施設を抜け出してイギリスからフランスに渡り、また戻ってくるという2日間の旅の物語だ。
日本語タイトルからは、配給会社がこれを「夫婦愛の物語」として売りたいことが見て取れる。だが映画を観ると、そんな予断は大きく裏切られることになる。これは70年たっても癒やされることのない戦争の傷に、今なお苦しみ続けている男たちの物語なのだ。
施設から抜け出した時、主人公のバーニーは89歳だった。ノルマンディ上陸作戦はその70年前だから、この激戦に参加したとき、彼が19歳の若者だったことがわかる。フランス行きのフェリーで一緒になる元パイロットも同じような年齢。上陸直前に船の中で一緒になる戦車兵は、彼より少し年下だったのだろうか。
戦争では十代後半から二十歳前後の若者たちが大勢犠牲になった。戦場で命を落とさなかった人たちも、心に一生残る傷を負った。戦場におけるPTSDの問題だ。これが映画の下に流れる大きなテーマになっていて、それは主人公がフェリーの中で出会う、地雷で脚を失った若い退役兵のエピソードで補強される。「医者に行け。君の心は壊れている」とバーニーは彼に言う。だがそう言うバーニー自身が、今もなお70年前の出来事に苦しめられているのだ。
主演のマイケル・ケインは第二次大戦には参加していないが、朝鮮戦争にはイギリス陸軍の兵士として参加した。この時の体験は、ケインにとっても生涯忘れられない心の傷になったらしい。こうしてできた心の傷は、やがて塞がり血が流れるのは止まる。だが深い古傷として、ことあるごとに人を苦しめるのだろう。
元パイロットのアーニーは、何十年たってもそれに苦しめられ飲んだくれている。式典会場の外にいた元ドイツ兵たちも、戦争の英雄になれなかった分、より長くその傷に苦しめられ続けたに違いないのだ。
(原題:The Great Escaper)
TOHOシネマズシャンテ(スクリーン2)にて
配給:東和ピクチャーズ
2023年|1時間36分|イギリス|カラー
公式HP:https://hanarebanare.com/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt14124080/