見出し画像

文壇を舞台にしたサバイバルコメディ 『私にふさわしいホテル』

私にふさわしいホテル
2024年12月27日(金)公開 全国ロードショー

■あらすじ

 中島加代子は売れない小説家。数年前にプーアール社の新人文学賞を取ったものの、その後は単行本どころか雑誌へのお呼びすらかからない。その彼女が、文豪御用達の山の上ホテルで自主的に缶詰になっているところに、文鋭社の文芸誌ばるすの編集者・遠藤がやってくる。

 遠藤は加代子の大学時代のサークルの先輩で、今でも何かと世話を焼いてくれる。今日は同じホテルで執筆中のベテラン作家・東十条宗典の激励にやって来たのだ。東十条は近日発売の雑誌に短編を掲載する予定だが、その締切が迫っているのだという……。

 この話を聞いた瞬間、加代子の目がキラリと輝いた。それは、万が一にでも東十条が今回の原稿を落とせば、自分に代理原稿掲載のチャンスが回って来るという意味では? 加代子はルームサービスを装って東十条の部屋に押しかけ、まんまと彼の原稿を落とすことに成功する。

 だがここから、東十条と加代子の、長年に渡る戦争がはじまるのだ!

■感想・レビュー

 柚木麻子の同名小説を、のん主演で映画化したハチャメチャな文壇コメディ作品。脚色は川尻恵太で、監督は堤幸彦。ヒロインのサポート役である編集者・遠藤を田中圭が、文壇の大物・東十条宗典を滝藤賢一が演じている。映画の見どころはのんと滝藤のタガが外れたバトルだが、その間に立つ田中が唯一の常識人のようで、じつはかなりぶっ壊れた人間だというのも面白い。

 奇妙に感じたのは、映画の舞台が1984年(昭和59年)に設定されていること。本が売れず、文学賞の権威も衰えている現在を舞台にするのはさすがに難しいとは思うが、なぜ1984年でなければならなかったのかは、映画を観ていても理由が良くわからなかった。

 1984年は、まだ携帯電話がない時代だった。ワープロもなかった。日本語ワープロの歴史を見ると1985年がひとつの節目になっているので、この映画は「ワープロ以前の作家」を描こうとしているのかもしれない。

 ただしこの映画は、1984年を厳密に再現しようとしているわけでもない。服装やメイクにはそれぞれの時代性があるのだが、この映画はそれを再現しようとしていないし、当時の流行歌やベストセラーなどを織り込んで時代色を出そうとするわけでもない。この映画の1984年は「今から40年前」という記号的な意味しか持たない。その意味も、物語の最後にはあっという間に無効化されてしまう。何とも人を食った映画だと思う。

 主演ののんはオーバーアクト気味で、芝居のリアリティはまったく感じられない。だがこれもまた、意図的なものなのだと思う。劇中で東十条が言っているが、そもそもこのヒロインにはバックボーンがまったく存在しないのだ。彼女についてわかっているのは、大学時代に編集者の遠藤とサークルの先輩後輩関係だったという程度で、あとは何もわからない。

 要するに彼女はある種の「怪物」なのだ。こんな役は、のん以外に誰も演じられないだろう。

ユナイテッド・シネマ豊洲(5スクリーン)にて 
配給:日活、KDDI 
2024年|1時間38分|製作国|カラー|サイズ|サウンド 
公式HP:https://www.watahote-movie.com/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt34386271/

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集