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言葉にならない気持ちのもどかしさ 『ぼくのお日さま』

9月13日(金)公開 全国ロードショー

■あらすじ

 北海道の小さな町。少年たちは夏は野球、冬はアイスホッケーをして過ごす。そんな町で生まれ育った小学6年生のタクヤだが、彼は野球もサッカーも苦手だ。冬が来て、町のスケートリンクにホッケーチームのメンバーたちが集まってきたが、タクヤは練習にも試合にも身が入らない。

 だがそんなタクヤが、リンクで魅了されたものがある。それはホッケーとは別の時間帯に行われている、女子フィギュアスケートの練習だった。ドビッシーの「月の光」に合わせて優雅に滑る中学生のさくらを見て、タクヤは心を奪われてしまう。タクヤはホッケーの練習時間外に、見様見真似でジャンプやスピンの練習をするが上手く行かない。

 そんなタクヤを見ていたのが、フィギュアコーチの荒川だった。彼は自分の古いスケート靴をタクヤに貸すと、個人的にフィギュアスケートのコーチをはじめる。荒川はタクヤとさくらに、アイスダンスのペアを組ませて大会に出場させようとする。

■感想・レビュー

 初雪の日に物語が始まり、暖かな春の日差しの中で物語が終わる、一冬の物語だ。その間に、小学生だった少年はブカブカの学生服を着た中学生になり、大人への階段を一歩だけ登る。

 全体にひどく台詞の聞き取りにくい映画だと思った。最近自分の耳が悪くなっていることもあるが、台詞の不明瞭さは映画の意図でもあると思う。この映画は「明瞭な言葉にならない気持ち」がテーマになっているからだ。

 主人公のタクヤは吃音の少年で、彼の父も吃音という設定。映画のエンディングに流れる主題歌も、吃音の少年の心情を歌ったものになっている。この曲は映画のために書き下ろされたものではなく、ハンバートハンバートの10年前のアルバム「むかしぼくはみじめだった」に収録されているものだ。映画のタイトルはこの曲名から取られているので、映画の発想の原点もこの曲にあるのかもしれない。

 映画の舞台は劇中で指定されていないが、北海道のどこかにある小さな町だ。撮影は複数の場所で行われて「どこにもない町」を作り出しているが、本作ではこのロケーション撮影が抜群の効果を生み出している。映画の最初に出てくるグラウンドも、小さなスケートリンクも、円形校舎も、凍りついた湖にできた天然リンクも、すべてがこの物語にふさわしい要素としてピタリとはまり込む。

 キャスティングも素晴らしい。子役二人が実際にフィギュアスケートの経験者で、劇中に登場するスケートの場面に嘘や誤魔化しがないのがいい。子役のひとり、さくら役の中西希亜良は今回が演技初体験らしいが、その固さやぎこちなさが、思春期の少女らしさとして表現されている。子役たちの芝居を、池松壮亮や若葉竜也といったベテランたちのこなれきった芝居と対比するのも上手い。

 冬が終わり、物語は別れと再会の時を迎える。最後にタクヤが何かを言おうとして映画は終わるが、この幕切れも「言葉にならない気持ち」を描いた映画に相応しい。

TOHOシネマズ シャンテ(スクリーン1)にて 
配給:東京テアトル 
2024年|1時間30分|日本|カラー|スタンダード 
公式HP:https://bokunoohisama.com/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt22694908/

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