台中の小さな理髪店の物語 『本日公休』
■あらすじ
台中の下町で小さな理髪店を営むアールイ。夫は既に亡くなり、三人の子供もそれぞれ独立している。長女のシンはスタイリストの仕事をしながら、台北で恋人と同棲中。次女のリンは街の美容室で働いているが、小さな自動車整備工場を営む夫のチュアンと別居してしまった。長男のナンは定職に就かないまま、いつも怪しげな商売に入れあげている。
アールイの一日は、常連客に電話をすることで始まる。「そろそろ髪を切る時期だけど、今月はまだ来てませんね」。常連客の多くは何十年も店に通っている人たちで、小さな子供の頃から面倒を見ている客も多い。
「その人の後頭部の形を見れば、その人の性格も人生もたちどころにわかる」というのがアールイの口癖だが、そのわりに子供たちの生き方に心配が絶えないのはなぜだろう。
そんな店の常連客の一人が、病気で店に来られなくなった。アールイは少し離れた客の家まで、出張散髪に行くことにしたのだが……。
■感想・レビュー
台湾のフー・ティエンユー監督が、実家の理髪店と母親をモデルにして作ったホームドラマ。撮影は実家の理髪店で行われ、主演のルー・シャオフェンは4ヶ月の特訓で理髪師に見えるハサミやカミソリの使い方を身につけたとのこと。クローズアップのシーンは別人の吹き替えに見える場面もあるのだが、はさみの持ち方や全体の佇まいは、ちゃんとこの道何十年の床屋さんに見える。
映画のテーマは「老い」であり「死」であり「親と子」だ。映画のタッチはまるで違うが、小津安二郎監督の『東京物語』(1953)と同じかもしれない。『東京物語』は年老いた親が都会で働く子供たちを訪ねる話だが、『本日公休』は年老いた親を心配して、子供たちが実家に集まってくる話だ。
『東京物語』では老親と心を通わせるのが実の子供ではなく、亡くなった息子の未亡人である原節子なのだが、本作『本日公休』でも、主人公に一番親身に寄り添うのが次女と別居している自動車整備士の男だったりする。フー・ティエンユー監督がことさら『東京物語』を意識していたとは思わないのだが、人間同士の関係性や距離感には、何かしらの共通点があるのかもしれない。
映画の中の人間関係に大きな変化はないが、家族の一員のように主人公と接していた整備士のチュアンが、物語の最後に静かに退場していく。考えてみればこれも『東京物語』と同じだ。『東京物語』の原節子も、物語の最後で亡夫の家族からいずれ離れていくことになるだろうことを予感させている。
映画は主人公のアールイが店を休んで昔の常連客の髪を切りに行く日からスタートして、そこに至る日々を回想形式で挿入する構成。回想シーンになると早い段階でチュアンが登場し、最後はチュアンの退場で終わる。映画の主役はアールイだけど、物語を動かしていくのはチュアンなのだ。
「父親の不在」「家族からの父の退場」も、この映画の隠れたテーマのひとつなのかもしれない。
(原題:本日公休 DAY OFF)
シネスイッチ銀座(スクリーン2)にて
配給:ザジフィルムズ、オリオフィルムズ
2023年|1時間46分|台湾|カラー
公式HP:https://www.zaziefilms.com/dayoff/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt26686277/