許せるようになるまで、ここから逃げて待ってなよ:Via di qua, J-Ax feat. Mr Rain

子ども時代ってツラいですよね、なにかと支配されがちで。
 今回ご紹介するイタリア人歌手 J-Ax(ジェイアックス) の楽曲「Via di qua(ヴィアディクア)」を初めて聞いたときには、これをティーンエイジャーだった頃の私に聞かせてやるためだけにタイムマシンを開発する必要があると感じてしまいました。

 メロディアスで耳に心地いいですね。
 聞いていると、夏休みのときにだけ会える憧れの叔父さんに、学校であったイヤなことを相談していたところだったような気がしてきます。こんなにダンディな叔父はいないんですけど、私には。

J-Ax の「Via di qua, feat. Mr Rain」を
和訳してみる

 まずはタイトルから。
 タイトルの「Via di qua」なんですが、これはざっくり via di qua に分けられます。前半の via というのは、英語awey に当たる単語で、基本的には動作を表す動詞といっしょに「あっちへ○○する」という意味で使います。ここでは andare/行く といっしょに使われているものとして、andare via で「立ち去る」という意味とするのが自然でしょう。残った di qua場所を表す表現で「ここから」なので、合わせると「ここから立ち去る」というタイトルになります。

Io non penso mai alla mia vita tra vent'anni e sento
di non sapere nemmeno dove sei adesso
mi guarderò allo specchio ma sarò diverso
siamo la somma degli errori che abbiamo commesso

俺、考えることないよ、20年後の人生なんてさ、それに
今きみがどこに居るかさえ分からない気がするよ
鏡で自分を見てみても、俺は違うだろ
俺たちってのは犯した間違いの合計なんだ

 初っ端から優しいです、J-Ax叔父さん。
 将来の見通しもなく刹那的に生きてることについても、いろいろアホなことをやらかしていることについても、J-Ax叔父さんは初っ端から肯定してくれるんですね。

 初級レベルでチェックしておきたい情報といえば、鏡を使って自分自身を見るときに使われている guardarsi allo specchio という表現ですかね。自分自身に対してなにかするときには再帰動詞が頻出するので、鏡を見るときもそうなんだなって覚えておくといいでしょう。この歌詞での活用は未来法の一人称単数になっています。

da bambini impari a odiare chi ti ha fatto male
credi che ferirlo sia l'unica soluzione
ma è quando cresci e diventi grande
che impari a perdonare chi prima ti ha spezzato il cuore

小さい頃からきみの為にならなかったヤツを嫌えと教えられて
そいつを傷つけるのが唯一の解決策だって信じてるよな
でも成長して大きくなったとき
昔きみの心を引き裂いたヤツを許すことを学ぶのさ

 一行目に登場する ti ha fatto male というのは、辞書を引くと fare male a qlcu. と紹介しているやつで、主語がある人によくない影響を与えるというくらいの意味になります。
 なにかが原因で体調が悪くなったときに便利な表現です。
 ミュージックビデオを見ていると、バレエ教室でお友だちになった女の子ふたりを、お母さまが手を引っ張って引き離すシーンがありますけど、あぁいうのって身に覚えがある人いっぱいいるんじゃないかなぁ…。あそこの家の子と遊んじゃいけませんとか、こういうモノを持っている子とは遊んじゃいけませんとか。

Il primo amore dura quanto una stella candente
non dura tutta la vita ma la cambia per sempre
ma crescendo poi capisci che ogni volta è sempre peggio della precedente

初恋は流れ星ほどしか続かない
一生ずっと続くわけじゃないけど、でも永遠に一生を変えるんだ
でも成長するにつれて分かるんだ、毎度いつでも酷くなる
前よりもな

 J-Ax叔父さん……!!!
 いや、こんな叔父さんに初恋の相談をしたい人生でした。

 一行目と二行目に登場してる dura の活用前のカタチは durare で、意味は「持続する継続する・残る・留まる・持ちこたえる」っていう感じです。自然な日本語にしようと思ったら、ここは una stella cadente/流れ星 というステキな語が入ってるので「初恋は流れ星のように消える」とか、あっという間になくなっちゃうイメージを優先させた方がいいのかなって思います。二行目の durare も星のイメージを引き継いで「輝く」くらいの美しい表現を入れたい気がします。

E' nei momenti peggiori
c'è sempre qualcuno che parla
qualcuno che ti viene a dire cosa devi fare
che devi mangiare

よくない時期には
話してくるヤツがいつもいる
キミに言いにくるヤツだ、なにをしなくちゃいけないだとか
なにを食わなきゃならんだとか

 ここね、最初に聞いたときは誤解してたんですよ。
 だって落ち込んでるときに「こうしなさい」「これを食べなさい」って世話を焼いてくれる人って、親切じゃないですか。普通はありがたいですよね。
 でも次のくだりを読むと、ありがたくないのが分かるんですよね。

è solo nei momenti peggiori
c'è sempre chi fa una domanda
qualcuno che non riesce a capire
che hai voglia di urlare più che di parlare
e allora sai che c'è

よくない時期にだけ
質問してくるヤツがいつもいる
分からないヤツだ
きみは話すよりも叫びたいんだってことが
じゃあどうするかって

 うわぁぁぁぁぁぁ……中学生時代の自分が泣いてる……。
 とりあえず放っておいて欲しかったあの日、あの夜、あの悲しみ。話を聞いて欲しくもなかったし、話を打ち明けたくもなかったのに、親切から根掘り葉掘りされて、礼儀正しくあたりさわりのないことを言って、すっきりしたフリをして部屋に帰って、嘘を吐いて解決から遠ざかっちゃった不甲斐なさに苛まれながら、夜ふかしして泣いてた思春期……。

vado, vado, vado, vado via di qua
e allora sai che c'è
vado, vado, vado
vado via da chi pensa di insegnarmi a vivere

去るんだ、去る、去る、去るんだここから
それでどうするかって
俺に生きること教えようと思ってるヤツから離れるんだよ

 真理ですわ、J-Ax叔父さん。
 叔父さんのいる実家からはちょっと離れた都会に、ぶらりと電車に乗ってひとりで行って、誰とも会わず、誰とも話さず、自分の影だけをツレにうろつき回って、大きくなったらどこに逃げるかを考える休日が欲しかった。
 私がヤバい誤訳や誤解をしていない限り、これはもはや毒傾向のある環境で育ったすべての人間に対する応援歌なのではないでしょうか。

Non pensi mai cosa è giusto quando hai vent'anni
fumi e bevi tanto c'hai la vita davanti
cos'è l'impegno non lo sai tanto qua non sbatti
vuoi la rivoluzione si ma fatta dagli altri

考えないよな、正しいことについてなんか、20歳のときに
タバコを吸って酒を飲んで、なにしろ先の人生があるもんな
なにが責任か知らないならここでやるもんじゃない
革命が欲しいんだろ、ほかのヤツらが作った

 私は酒と煙草じゃなくて、小説本で現実逃避してたタイプなんですけど、健康に影響があるか否かだけの違いなんじゃないかなって思います、こういう場合には。嗜好品に溺れて刹那的になると、人生が狂います。
 そしてグツグツと恨みを煮詰めて、誰かの革命を待っちゃうんですよね。

papà si chiede dov'è che ha sbagliato
e mamma che non dorme anche se ti sogna sistemato
non li puoi sentire alzi le cuffie col volume a 100
e non li puoi vedere quindi fissi uno schermo

パパはどこで間違ったか自問自答
ママはきみが片付く夢を見てても眠れない
聞いてられなくて、きみはイヤフォンの音量を100まで上げ
見てられなくてモニターを見つめる

 日本語でも結婚に関して「やっと娘が片付きまして」なんて言うことがありますが、イタリア語の sistemare も似たような意味を持っているようです。だいたいは「整理する」だとか「系統立てる」っていう意味で使うんですけど、辞書を引いてみると例文に〈Ha sistemato tutte e tre le figlie./娘を3人とも嫁がせた〉なんていうのがあったりします。結婚だけじゃなく、就職についても使うので、ここでは情報が少なくてどっちとは言えないんですけど、とにかくこのお母さんはお子さんに「片付いて」立派になって欲しいわけですね。

il primo amore arriva quando meno te lo aspetti
è come febbre che fa gli anticorpi ma ti lascia a pezzi
li a contare i tuoi difetti
con lo schifo per il cibo e l'odio per gli specchi

初恋は思ってもみなかったときにやって来る
そして熱みたいに抗体を作るけど、きみを千々に引き裂く
きみの欠陥を数えるんだ
食べものへの嫌悪と鏡への憎悪で

 抗体を作ってくれる熱のような初恋って最高ですね。
 なんにも食べたくなくなったり、まともに鏡を見られなくなったり、自己嫌悪の末に自分の許せないところリストを作ったり、なんかものすごく生々しいですね。
 ちなみに自分の短所を数えるという悪癖を、私はおとなになった今でも捨てることができません。そういう人、多そうですよね。そうじゃなかったら世界に自己啓発セミナーが溢れかえっているわけがない。

 以下、くり返しになっている歌詞は省略します。

Il primo amore non dura una vita intera
ma ti cambia la vita per sempre

初恋は一生ずっと続いたりしないけど
きみの人生を永遠に変える
quando ti stanchi di odiare capisci che perdonare è la cosa che ti difende
spesso viviamo rinchiusi nel nostro passato dimenticandoci il presente

憎むことに疲れたとき、きみは許すことがきみを守ると学ぶ
俺たちはよく現在を忘れて、自分の過去に閉じこもって生きる
certi errori li rifarò ancora, questo è il bello di crescere
ma forse è quello che mi serve

特定の間違いを俺はまだくり返すだろうが、これが成長のいいところだ
それはたぶん俺の訳に立つ

 最初の方で「昔きみの心を引き裂いたヤツを許すことを学ぶのさ」っていう歌詞が出てきたときには、実はちょっとJ-Ax叔父さんったら甘っちょろいんじゃね~の~なんて思っていたんですが、ここまで曲を聞いてくると誤解があったような気がしてきます。この perdonare/許す っていうの、どうやら最初に想定していた「私を傷つけたあなたの罪を許します、立って私と抱擁してください」みたいなものではなさそう。
 むしろ、寛大さという美徳を使って「(今からお友だちになろうとは言わないけど)あなたも私と同じで間違いの合計でしかないものね」と諦めてあげるのを、許しとしているような感じがします。関西人としては「しゃーないやっちゃな」という表現が心に浮かびます。しゃーないやっちゃな。ま、しょせんは人間やもんな。知らんけど。

 心に焼き付いて傷み続ける初恋のようなめぐり逢いが、自分や他者の間違いのせいで輝きを失ってしまって、苦しい日々を送ることになろうとも、適切な距離まで逃げて、憎み抜いて憎み果てたとき、ふと肩から力が抜けて「でもまぁ、そんなこともあるやんな」といろんなものを許容できるようになるかもな――息の長い闘いになるだろうが、がんばれよ
 めそめそ泣いているとき、J-Ax叔父さんがこんな感じで肩を叩いて、夏はジェラート(イタリア式アイスクリーム)を食べに、冬はチョコラータカルダ(イタリア式超濃厚ココア)を飲みに、近所のバール(イタリア式カフェ)まで連れ出してくれたら最高なんですが、こちとら日本で独りぼっちなんですよねぇ……。
 少なくともYouTubeで「Via di qua」を無限リピできるだけ、良しとしておきます。

分かんなくてもいいじゃん
とりあえずイタリア語を聴いてみようぜ!

 この翻訳ブログは、野良のイタリア語好きが新たな沼の住人を引きずり込みたい一心で、こつこつ書いている趣味の産物です。
 求ム、同好の士。

 知っている曲を知らない言語で聴いてみるだけでも楽しいですし、知らない言語でホールニューワールドを探検しても楽しいものです。
 日本語とも英語とも違う音の繋がりって、作業用BGMとしてもいいと思いますよ。私は単語の区切りも分からないアイルランド語のネットラジオをBGMとして愛用しております。
 とりあえず、J-axの楽曲はSpotifyで楽しめます。
 今回「Via di qua」でJ-axさんがコラボしてるMr. Rainさんについては、この曲で初めて知ったラッパーさんなので、どんな音楽を作られる方なのか、私もこれから聴き始めようと思います。

 これからもボチボチと更新していきますので、気が向いたらまた遊びにいらしてくださいね!

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