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読書記録:姫騎士様のヒモ4 (電撃文庫) 著 白金透

【誰もが他者を顧みない街で、最悪の一手が掴むもの】


【あらすじ】

灰と混沌が渦巻く迷宮都市。
数多のモンスターと財宝を孕むダンジョンの息づいた生命力。
その影には、必ず害虫が蔓延る。
姫騎士アルウィンの為に、密かに手を汚し続ける元冒険者マシューも、この街に星の数ほどいる害虫の一人。

迷宮都市「灰色の隣人」へ帰還したマシュー達を待ち受けていたのは、想像とは正反対の「建国祭」に浮かれはしゃぐ住民達の姿。

住民達の都合の悪い事を忘れる為に、不必要に騒ぎ立てる姿に違和感を持つマシュー達。
スタンピードはどうなったのか、それから、太陽神教の問題は解決したのか。
そして、「伝道師」は次は何を仕掛けようとするのか?

猜疑心が霞むような喧騒の中で、着々と奴らは街の暗部で計画を遂行する。
もう、誰しもが他者を顧みない、最低な悪徳の街で、アルウィンは状況を打開するべく、「最悪の一手」に手を染め始める。

あらすじ要約


聖像破壊者となったアルウィンの一幕


迷宮都市、マクタロード王国から帰還したマシュー達は、華やかな建国祭の裏で渦巻く、太陽神教の執念に抗う為に最悪の一手を放つ物語。


人は全て決着がついたと、ほっと胸を撫で下ろした時が一番、油断と安堵が生まれるものである。
安心した時が一番、人は無防備になる。
戦いが決着がつけば、あとは楽観的に生きたいのが人の心情であるが、そこを見計らったように、奇襲をかけられれば、目も当てられない大惨事を引き起こす。
油断してもいけない、かといって悲観的に神経を研ぎ澄ませ続けるのも、心がすり減る。
そのバランスを見極めるのは、非常に難しい事であるが、自分が偏った考えに陥ってバランスを崩しかけた時に、後ろからそっと支えてくれる命綱のような存在が居てくれると、安心して突き進む事が出来る。

迷宮の宝である生命結晶を手にすべく、発生したスタンピードは唐突な収束を迎えた。
それは「蛇の姉妹」のベアトリスとセシリアを始めとする高位冒険者達による、太陽神教の一斉捕縛によって。
本当にこれで終わったのか?
そんな疑惑を挟む余地なく、街は喧騒と混乱に溺れ始める。
太陽神教を討伐したアルウィンは功労者のはずなのに、何故か住民達の間で悪評が吹聴される。
さらにはマシューとアルウィンの家が、強盗の放火により、焼失する災難に遭ってしまう。

この噂を広めた奴は、一体誰なのか。
そして目的は何なのか、突き止めていく中で思考の袋小路に陥るマシュー。
そんなマシューの葛藤を気にも留めず、住民達は建国祭というめでたいイベントに溶け込む事で、向き合うべき問題から目を逸らし続けている。
緊張感がない弛緩しきった空気感。
度が過ぎる楽観論が溢れる怠惰の街で、伝道師による策謀が静かに渦巻き、そのさらに暗部では、この街を陥れる、邪悪な計画を立てる黒幕。

もはや一刻の猶予もない、建国祭は否が応でも始まる。
悪に対抗する為には、もう手段を選べない。
マシューはアンダーグラウンドな闇組織である「群鷹会」に手柄と金銭を対価として協力を仰ぐ。
それから頼れる仲間であるデズ、セシリア、ベアトリス、ニコラスと共同戦線を組んで、事態の収束を目指す。
狭く入り組んだ迷宮都市を舞台に、太陽神教の使者達との命を賭けた、壮絶な死闘を繰り広げていく。
実力は五分五分であったが、伝道師からの刺客による自爆テロによって、事態は最悪な方向へと傾いていく。

誰が裏で伝道師を操っているのか。
その醜い正体を看破すべく最悪の一手を選び、覚醒していくアルウィン。
そのトリガーとなる「暁光剣」「聖骸布」「解放」が全て揃った条件下で。
これまで守られるばかりだった彼女は、恐れるものが何もない破壊者と化す。
しぶとい残党である伝道師の陰湿な戦法を、全てなぎ払うような紅蓮の炎が、一太刀を振るう度に放たれる。
だが、その炎は守るべきはずの街もその住人さえも巻き込んでしまう、際限のない力だった。
聖像破壊者の力は、心清らかなアルウィンには過ぎたる力であった。
そのオーバースペックな力に溺れそうになりながら、自らの善良な人間性の狭間で、不安定に揺れる彼女の心。

そんな彼女のアクセル全開に突き進む躍動に、冷静にストッパーの役割を果たすマシュー。
アルウィンが我を忘れそうになる度に、そっと自らの存在を意識させて、聖像破壊者からこちら側に戻ってこさせようとした。
しかし、徐々に人間と異端者の境界が曖昧になっていくアルウィン。
マシューはとにかく必死で、暴走する彼女に食らいついた。
他の人間は切り捨ててでも、彼女だけを守ろうとしたが。

彼に守られるアルウィンは、王族としての矜持があって、やはりまだ人の上に立つ者として自覚が残るからこそ、手の届く範囲の者は全て守り抜こうと、己が身を犠牲にしてしまう。
だから、彼女の献身をマシューは否定する事は出来ない。
ただ、彼女が生を手放そうとした時にそれを繋ぎ止める命綱の役割があるとマシューは自負する。

この関係に恐らく、未来はないのだろう。
始まりからして、姫様のヒモという歪な関係だったのだ。
だがたとえ、二人の行く先が待ち受けるのが地獄であろうと、それまでの道のりには美しい花が咲いている時もあれば、輝かしい星が見える時もある。
気休めかもしれないが、そんな些細な景色を心を許せる人と一緒に眺められる自分はまだマシなのだと、自らを納得させるマシュー。
アルウィンとマシューを繋ぎ止める糸。
二人を結ぶ命綱は深く絡み合っているが故に、そう簡単に千切れる事はない。

そうやって、命綱の務めを果たすマシューだったが、彼の心に楔を打つきっかけとなった、後ろ暗い過去に関わる、自殺したはずのギルドメンバーと再会する羽目になる。
かつてマシューが所属していた「百万の刃」のメンバーだったナタリー。
そのあり得ない過去の亡霊と対峙した先で。
この死者との再会に意味や意図があるかもしれないが、守るべきものが出来たマシューにはもう必要がない。

この不穏な影は生涯付きまとうからこそ、受け入れた上で、否定の中指を突き立ててやる。
「付きまとうなら勝手にしろ、俺はもう過去は振り返らないし、立ち止まらない」と。
ナタリーがもたらす「暴風」がマシューの足枷となるが、アルウィンの命綱になる決意をした彼は歩みを止める事はない。

そうやってがむしゃらに踏み出したのならば、もう勢いのままに前へ進むしかない。
たとえ、その過程で取りこぼしたものがあっても、それを名残り惜しんでいる余裕もないから。
最悪な一手である「神器」を使って、伝道師達を派手に蹴散らしたアルウィン。
その躍動に焚き付けられた冒険者達と共に勢いのまま、太陽神教の黒幕とその配下である伝道師を袋小路へと追い詰める事が、ようやく叶う。
あと僅かで宿敵の喉元に、自らのナイフの刃が届く刹那。

だが、執念深い悪人ほど不気味な奇跡が巻き起こる。
まるで太陽神教達を守るかのように、迷宮の深淵から、息を潜めていた魔物達が溢れ出す。
その混沌に乗じて、黒幕達はひっそりと暗がりに溶け込んで消息を絶った。
あともう少しで野望に手が届いたからこそ、悔しさが沸々と込み上げてくる。
マシューは、苛立ち混じりに路上に唾を吐いた。
こうして迷宮都市を悪徳に陥れようとしていた宿敵との闘いは終わった。
しかし、確実に息の根を止めた訳ではない、禍根が残る、実に後味が悪い終幕だった。

一つの終幕かと思いきや、それは次の序章の始まりだった。
「スタンピード」は収束したが、次の波乱の芽はギルドマスターの娘であるエイプリルに握られていた。
寄る辺なき優しい少女に迫ろうとする魔手。
それは公権力、裏社会、太陽神教の利己的な闘争の始まり。
いつになったらこの街に平穏は訪れるのか、もうこの悪徳に染まった街に未来はないのか。
溜め息を虚しさと共に吐き出すマシュー。
しかし、完全に匙を投げた訳ではない。

マシューには守るべき存在が居るし、仮に自分が死んだとしても、地獄に堕とすべき存在はまだのうのうと息をしている。
全貌がいまだ謎のベールに包まれた、全ての元凶である太陽神に、渾身の一撃をぶちかましてやる為に。
その野望に立ち塞がるは、自ら歩んできた道の汚点となる過去の幻影。

互いを命綱としたアルウィンとマシューに付きまとう過去の幻影を振り切れるのだろうか?


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