読書記録:わたしの幸せな結婚 六 (富士見L文庫) 著 顎木あくみ
【離れ離れになったあなたの窮状を、今度は私が切り拓く】
冤罪で投獄された清霞を救うべく、孤軍奮闘の美世は軍本部に向かう中、清霞の式と出逢い、作戦を練り、甘水との決戦を迎える物語。
明治、大正時代。
それは、女性の社会的進出が認められず。
つつがなく生きる為には、親や家が取り決めた相手と婚姻を結ばなければならなかった。
それは、先祖代々決まっていた事であり、家督の繁栄と継承を第一優先に考えていた、個人の幸せを認めない時代であった。
そんな時代では、女性は何も選ぶ事が出来ない。
選べないまま勝手に自分の人生が進んでいく。
そんな時代に抗った一人の少女。
時代に逆行したからこそ、人々に白い眼で見られて、侘びしい人生を独りで歩いてきた。
独りで生きてきた者は、自分の為にしか生きられない。
そして、周りから能力がないと冷遇さる事もある。
その力で苦悩を切り拓くのには、どうしても限界がある。
しかし、誰かに、愛し愛される幸せを覚えた時、人は自分の限界を越えた能力を発揮出来る物である。
それは愛される事で、自分自身を肯定出来るから。
辛くて、苦しい窮状の中でも、大切な人を心に想い浮かべれば。
どうにか出来るし、やってみせると思えるからである。
だからこそ、愛の不埒さを知りながらも、それでも、真の愛を知った者は誰よりも強くて逞しい。
不当な目的で投獄された清霞。
投獄される事なんて、なんともないと思っていた。
しかし、理不尽さに耐え忍ぶ中で、思い浮かぶのは美世との、かけがえない日々だった。
凍える息を吐き出して、束縛された身体で改めて思う。
もう既に、美世が傍にいないと、自分は駄目な身体になってしまっていた。
気が狂いそうな暗闇の中で、美世という導く光を頼りにして、何とか正気を保つ。
一方で、正真正銘の孤独となった美世。
甘水の企みにより、自分の身代わりになった清霞を想って、無謀でも敵地に向かう事を決意する。
その袖を引いて引き止める清霞の式、清君。
今すべきは、味方を探すか、敵の情報を集めるべきだと助言する。
博覧強記な彼の支援の元で。
清君と共に久堂前当主であると久堂正清と辰家家の当主であり、史実の解析のプロである辰家一志の頭脳を借りて。
武力としては、対異能特務小隊の協力も仰ぐ。
彼らに支援して貰いながら、首魁である甘水の異能の弱点の研究と、美世の夢見の力の真の使い方を学んでいく。
態勢を整えて、清霞の救出を改めて始める。
もう無策でも無謀でもない、勝機はある。
甘水直率いる異能信教の本丸へ乗り込んでいく。
本領発揮する、凄まじい異能の力。
甘水と対峙している美世は、もうあの頃の、謝ってばかりの、か弱い少女ではない。
自らの意志をはっきりさせて行動に移す事が出来る力強さがある。
一方で甘水は、自らの力を過信して、薄刃家のしがらみにいつまでも囚われて。
もういなくなった澄美への未練ばかりを残している。
それは、純粋でもありながら、何処か幼稚でもあった。
そんな甘水と対峙する中で、彼の心の慟哭が迸る。
自分と、美世の母である澄美は、帝の横槍さえなければ、幸せな結婚をして、平穏に暮らせていたと。
政略結婚が当たり前の時代がおかしいのだと。
自分の生きた時代は、全て親や家が与えてくる幸せを無理にでも受け入れるしかなかった。
そんな非情な時代背景が自分を狂わせたと。
確かに恋する相手と愛する相手を選べる事は幸せであり。
甘水が経験した窮屈な時代を体験していない美世が抱く想いは、贅沢にも映るのだろう。
その心の叫びを否定せずに、美世は受け入れてその上で言いのけた。
「あなたの考えは間違っていない、ただやり方を間違えただけ」だと。
「誰かを恨んで、傷付けた先で、あなたは何を手にしましたか?」と。
彼のように恨みを原動力に変えて幸せを掴もうとしても、虚しい幻想を掴み損ねるだけ。
そして、自分は人智を越えたこの異能も、幸せになる為なら、手放す事が出来る。
あなたのように、自分の思い通りに世界を改変させる為に、異能を使おうとは思わない。
どんなに凄い能力でも、目の前の幸せを掴む為になら、捨て去っても構わない。
幸福は自分の力で掴んでこそ、価値があるから。
異能に頼らなくても、大丈夫なくらい私は強くなれたから。
そんな決断を秘めた言葉を聞いて、甘水は言葉を失った。
美世の言葉は確かに甘水の心に届いた。
だが、頑迷に黒ずみきった心では、その言葉を認める余地がなかった。
そんな自失した彼に、裏切ったと思われた薄刃新が、銃を突き付ける。
彼の企みは、異能心教に寝返ったと思わせて、内側から美世達をサポートする計略だったのだ。
人を心を操る異能を持っていた筈の甘水は、あまりにも沢山の人々の心を掌握しすぎたせいで。
仲間の裏切りにも気付けず、組織を御しきれなかった。
「それが僕の敗因である」と。
最期まで美世の意見を認めず、静かに眼を閉じる。
そんな彼の身体に、新は躊躇なく引き金を引いた。
あまりにも長すぎた宿縁による戦いは、こうして幕を閉じた。
牢獄から救い出した清霞と再び相まみえる事が出来た美世。
彼女はこの長すぎた苦境から、ある教訓を学んだ。
「わたしはわたしの幸せをきちんと感じて生きていたい」
自分だけの幸福を優先しよう。
帝都の未来を背負うような苦労は、もうしなくていい。
今まで、悲惨な生い立ちを強いられてきて、幸せになる事を恐れていた。
それでもようやく、自分が幸せになる事を許す事が出来たから。
かくして、雪の降りしきる帝都で行われたクーデターを潰えて。
寂しくて厳しい冬の時代は、もう終わりを迎えた。
全ての因縁と決着をつけて、初めて二人でデートした甘味処で。
甘いあんみつを食べて、顔をほころばせて。
プレゼントのかんざしと組紐を贈り合う。
美世は、初めて旦那様ではなく、清霞さんと名前を呼ぶ事が出来た。
清霞は軍を辞めて、美世と共にいる事を決断した。
親愛を抱くしかなかった清霞に、ようやく胸を張って恋慕を向ける事が叶った。
何もかも違う境遇だった二人だからこそ、分かり合えた喜びは格別であり。
その尊さは、これから二人で生きていく為の何よりも指針となるだろう。
今までの苦しい日々は、けして無駄ではなかった。
懸命に身を削って生きたからこそ。
ちゃんと報われる未来に繋がっていた。
美世はしみじみとその幸福を噛み締めながら、今までの軌跡を振り返る。
もうすぐ、優しくて暖かい春がやって来る。
その麗らかな日に、執り行われる美世と清霞の幸せな結婚式。
もう、それを阻む影はどこにもない。
後顧の憂いが消え去った光の中で。
粛々とその準備を楽しみながら進めていく二人。
窮状を切り拓いた美世と清霞の結婚式は、どんな素敵な祝福が降り注ぐのだろうか?
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