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読書記録:南国カノジョとひとつ屋根のした (角川スニーカー文庫) 著 半田畔

【そこは何処までも自由な世界、見渡す限りの青に飛び込もう】


【あらすじ】

唯一、誇れる陸上競技を怪我でやめて、心と体に傷を負って。
失意の底にあった少年、葵は父がアメリカに赴任する家庭の事情で、知り合いが経営するダイビングショップに居候する事になる。

新鮮な南国に引っ越した日に散歩した砂浜で、ダイビングを楽しむ小麦色の肌と碧眼の南国少女・島﨑ナイアと出会う。

夏空のように、晴れ晴れとした表情で、強烈な印象を残していった彼女は、なんと居候先の看板娘であった。

「Aloha!今日からよろしく!」

早速、海が大好きなナイアに誘われてダイビングをする事になったが、南国少女は天然で大胆で防御力低めで。

「下は水着だよ? それより、早く一緒に海に行こうよ!」

南国カノジョとひとつ屋根の下で、その純朴な交流によって、過去に囚われた傷が癒え始めていく。

あらすじ要約

家庭に辛い過去を持つ葵は、ダイビングショップで居候する中、南国少女と共にダイビングを始める物語。


見渡す限りの様々な青に包まれ、酸素ボンベによって、水の中でも息が出来る不思議な体験。
色とりどりの魚や珊瑚礁の輝きに眼を細めて、自分の今まで居た世界が如何にちっぽけだったのかを知っていく。
茹だるような夏の潮騒に、心の底から湧き上がるような不思議な感情。
夕暮れに照らされた空と海と群青色のコントラスト。
そこは、陸にある物を全てを置いて、無心に没頭出来る世界。
過去の傷を抱えた葵だったが、天真爛漫なナイアと壮大な海に潜る事で。
心が夏空のように、清々しく拡がっていく。
何も狭い世界に固執する事なく、世界はこんなに自由なんだと思い知らされていく。

母親に先立たれ、世界を股に掛けるカメラマンの父親を持つ少年、葵。
かつては陸上競技にのめり込みも、怪我により挫折してからは熱中できる物を失ってしまう。
高校二年生になって不登校になっていた彼は、父親がアメリカに拠点を移す際に、日本に残る事を選ぶ。
そして、父親の伝手で隣県の海辺の町のダイビングショップで居候する事となる。

海辺で出会った看板娘、ナイアとのアクシデントによって、初対面から彼女とちょっとぎくしゃくしてしまう中で。
彼女にダイビングに誘われた先で、彼女と共に潜った先で目撃したのは。
空気以外は、この世の全てがある、生命が息づく見た事もない景色。

彼女のボディーガードを自負する少女、飯川に睨まれるもナイアの秘密の写真を餌に懐柔したり。
店の手伝いをする中で、インストラクターである心美や常連客達と仲良くなったりする中で。
熱中できる物を、再び見つけた葵は、ダイビングの資格を取ろうと勉強を始めていく。
ナイアと潜った海の素晴らしさに影響を受けて、ダイビングのライセンス取得をする事を決意する。


夢を道半ばで諦めざるを得ない状況に晒されても、人生はまだまだ長く続いていく。
終わった夢に固執するのではなく、新しい夢を見つけて、追いかけて行けばいい。
新たな人生の指針を見つけて、後悔や傷を受け入れていく。
こんなにも、人生は自由なのだから。

海は、人でいう母胎であり、人々も何もかも受け入れて、その生命を育んでくれる。
だからこそ、人々は海から与えられる恩恵は全て受け入れなければならない。
海は美しさや魅力を持つだけではない。
一つ間違えば、生命を失うような危険な場所でもある。
油断すれば、すぐに牙を向けられる。
そんな海に対する畏敬を、ダイビングを楽しみながらも、忘れる事はなかったナイア。

そんな彼女の海に対する姿勢を尊敬しながら、一つ屋根の下で。
一人では感じる事の出来ない、様々な感情を覚える葵。
時にいがみ合い、時に支え合い、同じ釜の飯を喰らい、自分の閉じた世界に新たな刺激が入ってくる。
友達や親友というよりも、もっと特別な何かであり、恋人というのにも何か語弊がある。
血の繋がった家族ではないけれど、心を許しあえる大切な存在になっていく。

そんな二人は境遇が違えど、似たような宿命を抱えていた。
母を亡くして育った主人公の葵と、潜水事故で父を亡くした少女ナイア。
それは心に、言い知れない寂しさと孤独という暗い影に覆われるが。
海という広大な自然の中で、その営みに流されていくと、徐々にだが、心は温もりを取り戻し、生命力に変わっていく。

天真爛漫で、ちょっとアバウトな所もあるナイアに積極的に引っ張られていって。
いつの間にか、葵の過去の傷も癒やされていく中で。
自分を救ってくれた彼女が陥ってしまった窮地。
それは、ダイビング中の不慮の事故により、ナイアが負傷してしまう窮地。
些細な天候の変化によって、生死を分かつような恐怖体験をしてしまう。
軽傷で済んだものの、それが原因で、イップスに陥ってしまい、あんなに大好きだった海に入れなくなってしまう。 

ボディガードである飯川は身体は守れても、心までは守れはしない。
誰がそのナイアの傷付いて、怯えた心を守れるのか。
海に裏切られて、深みに沈んだその心を引き上げられるのか。
それは、痛みを知る葵だけにしか出来ない。
彼女に導かれて、海の魅力に取りつかれた。
ならば、今度は自分が引っ張っていく番であるから。

かつての仲間に勇気を出して連絡を取って、イップスの対処法を聞き出して。
葵はナイアを再び、海に誘って、仲間やメリアにも協力してもらう。
そして、皆と海に潜った先で、奇跡的な光景を目にしていく。
それこそが、葵すらも予想出来なかった出来事であり。
自然が産み出した超然的で、優しい奇跡であった。
その光景はナイアの心に寄り添って、その笑顔を取り戻してみせた。

二人に立ち塞がった自然の脅威と試練を、ダイビングショップの仲間達と共に、手を取り合って、乗り越えて行った。
ダイビングは深く潜れば、自分の現在位置が分からなくなって不安にもなる。
そんな時にこそ、二人はバディとして絆を深めて、自らの存在を道標にして、相手に差し出す。

そうやって、自分以外の物に価値を見出だした果てに気付けた事。
たった一つ、譲れない物を作る。
多分、世界を生き抜くには、それだけで良い。
何か一つ、たったそれだけを守っていく。
それがあれば、きっと、大丈夫という物を自分の中で見つけてあげる事。
それこそが、その人がこの世界に、生まれてきた意味。

そして、冒頭と最後にナイアが葵に対して言った「Aloha」にはどんな想いが込められていたのか。
葵はそれを深く考える中で、魅了されていく新たな世界の先で。
そこにある未来の景色とは、どんな色彩を帯びているのか。

自分の拠り所と思える場所を見つけた二人は、これからこの広大な海で、どんな青春を重ねていくのだろうか?       







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