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読書記録:ボーパルバニー (ガガガ文庫) 著 江波光則
【キュートな死神が罪に塗れた悪人共を刈り取る】
【あらすじ】
三年前、とある犯罪グループが、中華系マフィアの金庫番一家を襲って、約三億円を強奪した。
その事件はニュースに取り沙汰される事もなく、ひっそりと暗部へと消えた。
その汚い軍資金を元手にのうのうと暮らしていた怜達は、ある日仲間の一人が、繁華街の路地裏で首を切られて殺された。
やられた理由には思いあたる節があった。
愉快犯ではない、そして、また一人、仲間が殺される。
疑念は確信へと変わった。
自分達が何者かに狙われているのだ。
それから、街に不穏な噂が漂い始める。
バニーガールの格好の少女が、殺しに来ると。
華奢な見た目に騙されるように、次々と死んでいく仲間達を。
怜達は、敵にしてはいけない人の恨みを買って、その罪を贖うのはもう手遅れなのかもしれない。
若者達は自らの罪に逃れるように、死神に抗いながら、緩やかに死んでいく。
荒んだ香港を舞台に、破滅と虚無と暴力を愛するロクでなし共が、マフィア金庫破りを果たす事で、バニーガールの死神に狙われる物語。
ピカレスク小説。
それは良識的な市民の視点ではなく、思考がサイコパスな犯罪者側の視点で描かれた物語である。
しかし、その悪党達の世界の見え方を知ったところで、共感出来る場面も少なければ、実生活で活かせる教訓などもない。
普通に生きていれば、知る必要がない心情である。
何故、いつか身を滅ぼす事が分かっていても罪を犯してしまうのか?
咎人にも様々な事情を抱えているケースもあるが、やられた側の被害者はたまったものでない。
被害者からすれば、言い訳や理由などどうでも良いのだろう。
しかも、その動機があまりにも理解出来なくて、稚拙なものであると、逆に殺意が込み上げてくる。
こいつらが一体何をしでかしたのか、事の重大さを分からせたい。
刑務所にぶち込むなど生温い、自らと憎悪と憤怒を直接ぶつけてやりたい。
奪われた側の被害者は当然にそのように考える。
しかし、仮にそうやって復讐する為に労力を使ったとしても、悪人が心から自らの罪を悔いて謝ってくれる保証もない。
そのように悪人を懲らしめようとする行動こそが、憎むべき敵と同じ土俵に立っている証になってしまっている。
最善の方法を然るべき手順に則って、社会を形作る法律と常識の中に罪人達を当てはめて、犯した罪と孤独に向き合わせる事だろうが。
それはあくまでも綺麗事に過ぎなくて、感情が許さないのだろう。
ボーパルバニー、直訳すると「首を刎ねる兎」
兎は可愛い見た目ながら、孤独を嫌う習性があり、前歯は剃刀のように鋭く、敵には容赦なく首すじに噛み付く残虐性を秘めている。
ロクでなし共の若者達のリーダーである怜は、チームのメンバー達と共に自分本位に盗みを働く。
妙な理屈で並び立てた、理解しがたい信念を掲げて、自らの行動を正当化する彼ら。
開き直ったかのような、クズなりの意地と矜持が彼らの支柱となっていた。
暴力で弱者をねじ伏せる狂った仲間達と、刹那的な生き方を繰り返して、どこかで人生が破滅する事を望んでいる。
楽しめるのは、無秩序であり混沌。
生活の安定など必要がない、欲しいのはたった一度きりだとしても、最高のオーガズム。
退屈を何よりも嫌い、正論で説き伏せる世界に中指を立てる。
短絡的で自らを省みる事がないので、失うものが何もない無敵の人が集まった厄介なグループ。
年齢の割に考え方がガキであり、現実を見ようとしない、馬鹿げた大胆な悪行を働いて、色んな人に恨みを買っている。
傍若無人な彼らを断罪する少女。
悪は必ず報いを受けるという、誰もが知る道理の中で、その理不尽はあまりにも辻褄が合わなかった。
少女は好きで死神をやっている訳ではない。
一番の被害者は彼女であった。
田舎出の自分を拾ってくれた殺し屋の家族の尊さと、奪われた三億円で成し遂げたかった夢の価値。
それを自分勝手に大切なものを奪った奴らに、同情の余地は一切ない。
少女は恐るべき殺人鬼のように噂されていたが、実際はごく平凡な女の子。
本当は弱い自らを奮い立たせながら、頭のおかしい犯罪グループを、一人ずつ確実に殺していく。
逃げ回って、あるいは立ち向かって、それを追う側と追われる側に目まぐるしく視点は変わる。
報復する彼女と、それに反撃しようとする怜達。
復讐を終えるまで連鎖していく私刑と、散っていく悪の華。
死闘の果てに仲間の龍童と燐華は、特に凄惨な死を迎える。
自らの執着したものを守るには殺し合うしかない。
しかし、復讐を完全に遂げたとしても、失ったものが返ってくる訳ではない。
血と硝煙が飛び散る、バイオレンスな嵐が吹き荒れた後に、残ったものは何もなかった。
得られたのは圧倒的な虚しさ。
全てをやり遂げたとしても、何一つ満足する事が出来なかった。
復讐は次に繋がるものを何も生み出さない。