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読書感想:夜の道標(中央公論新社) 著 芦沢 央

【この暗い世界に産まれた僕にとってあなたは道標をくれた】


【あらすじ】
あの手の指す方へ行けば間違いないと思っていた――

1996年、横浜市内で塾の経営者が殺害された。早々に被害者の元教え子が被疑者として捜査線上に浮かぶが、事件発生から2年経った今も、被疑者の足取りはつかめていない。

殺人犯を匿う女、窓際に追いやられながら捜査を続ける刑事、そして、父親から虐待を受け、半地下で暮らす殺人犯から小さな窓越しに食糧をもらって生き延びる少年。

それぞれに守りたいものが絡み合い、事態は思いもよらぬ展開を見せていく――。

『火のないところに煙は』『汚れた手をそこで拭かない』の著者による、慟哭の長篇ミステリー。

Amazon引用

障害児の支援を行う塾講師·戸川は元教え子の阿久津に殺害される事で、行方を匿う豊子と、父から虐待を受ける波留との運命が絡み合う物語。


障害を持つ者が子供を持つと不幸になるという旧優生の思想の元で、実母から去勢された阿久津。
旦那と離婚し失う物が何も無い豊子に匿われる。そして、父親から金銭を巻き上げる当たり屋としての人生を強制される波留。
彼らは未来を選べない場所に追いやられ、狭い地下室に集った。
彼ら二人が出会って互いの傷を見せつけあう。
世の中には当然のように格差が存在していて。
貧富や障害といったもので分け隔てられている。
どうして、自分のせいじゃない事に苦しむ必要があるのか?

本当はおかしい事なのに、異常に慣れすぎて鈍麻して思考を放棄してしまう仄暗さ。
そのようなズレを放置したままにしておくと、子供を望む家庭とそうでない家庭のミスマッチングが誰も彼をも不幸せにしてしまう。
結局、何が正しかったのか、何が正解だったのかは誰にも分からない。
そもそも時代とともに正解は変わるし。 
場所によってだって正義は変わる。
家族の形に正解はない。
しかし、確かに言える事は最初の動機は幸せになりたかった事。
それでも、人のエゴと欲望が容易に人を変えていく。
周りの人によって変えられる人生を、人は受け入れるしかないのだろうか。
自分ではどうにもできない事を、大人が勝手にやって子供を傷つける現実。
そもそもが、親の思想を産まれてきた子供に押し付ける事自体が間違っているのだろう。
そんな身勝手さと理不尽さに、誰もが傷を持ち、憤りを禁じ得ない。

差別用語が当たり前の時代は確かにあり、そこからようやく人として権利を見直し、平等の概念が広まってきて、これが社会の近代化に繋がっていく。
インドの身分制度や子供特に女性に教育を受けさせる権利や性別の問題などの解決には、国の豊かさと成熟度に比例している。
白痴、精神薄弱、かつては様々な蔑称をされていた人たちがいたあの頃、その家族達はどんな生き方を選べたのか。



法で保護したつもりのような国の現状の中で、食べる物に日々苦労しなくてはならない子どもの存在がある。
十人十色。
個性は大事と言われて久しいが、分かり易い個性以外は、奇異として捉えられがちで。
しかし、切れそうな一本の糸が繋がって、波留が暗闇でも歩ける様になるのは、それぞれ困難でも自分よりも守りたい誰かを優先できる人達がいたからだろう。

こんなに誰もが苦しくて辛くてでも一生懸命でやっぱり報われなくて。
良かれと思ってした事、生きていく為にやった事、それが他の誰かを不幸にする皮肉さ。
ある尺度において、定型から偏りを持った人間は元来不幸だ、という決めつけが優生思想の一つの型だと抽出すると、現代にもまだ同じような論理が似通った形で存在する事に気付くのも事実。
世の中の風潮として、良い人と悪い人と白黒を分類しようとするけれど、結局、自分にとって都合が良い悪いの違いなのではないだろうか?

波留を救った阿久津は、先生でもなく友でもなく、殺人犯。
それでも、二人の出会いは必然だった。
本来被害者であるべき阿久津が救われないのは悲しすぎる。
母親にはもっともっと我が子を理解する姿勢を見せて欲しかった。
そもそも阿久津は、何故、理解者である戸川を殺したのか。
その理由が炙り出す社会の暗部は予想以上に根深い。
散らばる点が線となる時、切ない真相が明かされる。

何が正しくて、誰が踏み間違えたのか?
理不尽な社会への憎しみの闇に祈るような彼らの顔が照り輝く。
真っ暗な夜が明けないような孤独の中でも、徐々に空が白み始めている、これから先を歩いていく為の道標。
波瑠と桜介の友情と未来への希望に一筋の救いを見出だせた。
時代のせいとはいえ、もう起きてしまった事は、取り返しはつかない。
もう二度とこんな哀しい事が起きないようにするべき事。

自分の正しさを誰かに押し付けない事。
他人の心の痛みに寄り添い、想像する事。
自分の中での大切な人の幸せを純朴に願う事。

それぞれの苦しみと痛みを分かち合う中で、互いが暗い夜道を照らす標となっていたのだ。




































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