読書記録:男嫌いな美人姉妹を名前も告げずに助けたら一体どうなる? (角川スニーカー文庫) 著 みょん
【覆い尽くす甘くも重い愛に、繋がる心は温もりを知る】
強盗に奇襲されていた同級生の美人姉妹を救った少年が、思いもよらない愛に溺れていく物語。
愛が重すぎる故に、心が駄目になる。
相手に傾倒しすぎて、自分の人生が壊れてしまう。
そんな風に破滅するカップルも、この世界にはいくつも存在する。
しかし、その想いさえも、見方を変えれば、相手を一番に考えている証。
男としては、これだけ愛されるのは本懐に思える。早くして大切な両親に先立たれ、天涯孤独の身となった隼人の寂しく渇いた心を癒やしてくれる藍那と亜利沙。
彼を自分達の虜にして依存させたい。
過激な思想を持つ彼女らの愛に溺れてみると、その心地よさに身を委ねたくなる。
平凡な自分を特別にしてくれる彼女達の想いに応えたいと思う。
ヤンデレというのは時として、愛の形が歪んでいると描写されて、重い愛の代表格として認知が広がっている。
相手への愛着が高まり過ぎた結果、病的な精神状態に陥ってしまう。
それを、言外におかしいと世間は評価する。
しかし、一つの愛の形である事は間違いない。
上手な人の愛し方を知らないだけ。
だからこそ、もし、その愛を受け入れる度量があるのならば。
それは、簡単には揺るぎはしない強い純愛に変わっていく。
時期は、ハロウィンが迫る深夜。
隼人は、家の近所に住む美人姉妹の家の扉が、不自然に開いているのを目撃する。
嫌な虫の知らせを感じて、覗き込んだ所、姉妹達は、強盗に押し入られている絶体絶命の窮状に陥っている事を察する。
亡き両親の教えから、到底、その現状を見過ごせる筈がなく。
勇気を振り絞って、ハロウィンの為に準備していたカボチャの被り物を身にまとい、玩具の武器を手に乗り込み、奇襲を試みる。
その偶発的な作戦が功を奏して。
無事に、姉妹とその母親を救い出す事に成功する。
被害者達への気遣いもあり、最後まで正体は隠し通した隼人。
名前も告げず、彼女達の家を後にして、何事もなく再び始める日常生活。
しかし、ほどなくして美人姉妹との縁はまた、相まみえる。
姉である亜利沙の告白現場を、妹である藍那と共に目撃して。
空き教室での語らいの中で、期せずして藍那を助けてしまう。
そして、決定的となる、ハロウィン当日。
騒ぎ浮かれる街角で、ばったりと遭遇した事で、亜利沙にも正体が露呈してしまう。
それは、運命的な愛の始まりであった。
しかも、隼人が意図せずに開いてしまった、彼女達の心の扉に隠れていたのは。
少し歪んでいて、必死に愛にしがみつこうとする無垢で寂しげな姿。
双子姉妹であったが、まったく別の性格と個性を持つ藍那と亜利沙が、まったく同じ人を好きになってしまったのである。
普通は次に迎えるのは、男女の生々しい修羅場である。
しかし、ある意味で幸運であったのは、隼人に二人分の愛を受け止める器があった事。
それだけの渇きを彼自身が持っていた事。
また、姉妹達も、双子なだけあって、仲が睦まじく、想い人を取り合うような思考に陥らなかった事も、良い方向に作用した。
過去のしがらみが付きまとう内情を、全て「愛」として受け止めていく中で。
隼人は、蜘蛛の糸に絡め取られるような危うさも覚える。
自分を助けてくれたヒーローに対して好意を持つのは自然ではあるが。
「あなたの子供を産みたい」とか「あなたの奴隷にしてほしい」など。
カンストした好意はどこか、常軌を逸している。
姉妹の強すぎる執着。
それは、過去の男性への失望と落胆によって、心に植え付けれた、負の側面とトラウマ。
男性は自分達を下世話で邪な眼で見てくるし、大切な母親、咲奈の想いを裏切って、無遠慮に傷付けた最低な象徴でもある。
二人が男嫌いだったのは、まだ好意を抱けるだけの相手に出会っていないだけであった。
故にそんな二人にとって、絶体絶命のピンチを救ってくれた隼人は、理想の体現であり、白馬の王子様であった。
初めて、下心なしに我が身を顧みず、自分達を守ってくれた。
カボチャの被り物をして正体を隠していたのも。
自分達に恩を着せる為に、助けた訳ではない証であり。
そのさりげない気遣いと優しさに、心を撃ち抜かれてしまった。
正義のヒーローの正体を何とか、突き止めた先で。
自分達の言い知れない焦燥感と抑えきれない愛情を爆発させた亜利沙と藍那。
二人は、普段男性を毛嫌いして関わってこなかったせいで。
愛情表現がとことん、不器用であった。
「隼人に隷属したい」と願ってしまう姉の亜利沙。「隼人の子供を孕みたい」と願ってしまう妹の藍那。
二人は互いの心を知って、共同戦線を組んで、隼人を自分達の愛の沼へ沈める事を選び。
自分達から逃れられない、愛の巣を作り始める。
だが、隼人自身も両親と死別した事によって、心は渇きが癒えない広大な砂漠と化していた。
満たしても、満たしても、なかなか潤う事のない彼の心。
それでも、懸命にどこか病的なまでに、一心に偏った愛を与え続ける姉妹達。
彼女達のどこか倒錯的な愛情は、一見すると重たくて面倒臭く感じてしまう人もいるだろう。
だが、それは想い人の感情の自由を奪い、選択肢を狭めるような、ヤンデレ的思考ではない。
隼人に対して、自分でも抑えきれない一途で純粋な気持ちを抱いてしまうのが、不安なだけであった。
初めて自分の中で生まれた感情の落とし所が見つからないからこその、過激な発言と行動であった。
隼人も、その感情に最初こそ戸惑いもしたが、お互いが家族に対して、重大な欠落を抱えていた事を理解して。
その想いに、一貫した誠実な自分で応えようと努力する。
恋人になるのとは違う。
恋人になる選択肢を選べば、亜利沙と藍那のどちらかを選ばなくてはならなくなる。
むしろ、彼女達と想いをシェアして、家族になりたい。
男女の関係に於いて、絶対に性的な要素が絡む必要があると誰が決めた?
確かに二人とも魅力的な女性だが、そんな猥雑な感情よりも。
もっと、深い親愛の情で繋がりたい。
隼人はそんな風に思い始める。
未亡人の母、咲奈にもその想いが伝わり、新条家に受け入れられる事で。
両親を失っていた隼人の昏く空いた心に、温もりが注ぎ込まれ、包みこまれていく。
彼女達の重すぎる愛を知る事は、危うくもあった。
ちゃんと受け止めなければ、簡単に歪んでしまうような脆さもあった。
それでも、その渇いた心を潤す方法は何よりも自分が理解していた。
何故なら、それは隼人自身が、一番に求めて欲しがっていた物だから。
重くも甘い愛の沼は、渇いた心を満たす海でもあった。
それを受け止めるという事は、その愛に溺れるという事である。
心に空いてしまった穴を、愛という水で覆い尽くす。
失った両親の事ばかりに囚われないで、自分の中で彼女達を特別な支柱として認めていく。
その為には、受動的に溺れていては駄目だ。
その与えられた愛を、ちゃんと返せられる人間になろう。
能動的に彼女達の愛の沼に飛び込もう。
自分の人生も大切にしながら。
必ず、二人とも幸せにしてみせる。
そう、隼人は自らの意志と覚悟で選んだのだ。
姉妹達を二人を同時に愛するという、前途多難だが、特別な選択を。
愛に捕まり、溺れる事を選んだ先で。
自分達ならではの絆が結ばれて、新たな関係が始まっていく。
期せずして、世間は恋人達の季節を迎える中で。
隼人とは、姉妹達はどんな日々を過ごしていく事になるのか?
心に染み込んだ甘さは魅惑的だが、それに堕落する事なく、彼女達を癒せるのか?
姉妹達の愛の沼に溺れながらも、隼人は確かな覚悟と絆を誓うのだ。
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