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読書記録:ザリガニの鳴くところ(早川書房) 著 ディーリア・オーエンズ

【人が持つ美しさと醜さ、優しさと残酷さを併せ持つ野生の中で】 


【あらすじ】

ノースカロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。

6歳で家族に見捨てられた時から、カイアはたったひとりで生きなければならなかった。
読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学の為に、約束を反故にして、彼女を置いて去ってゆく。

以来、村の人々に「湿地の少女」と蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いを馳せて、静かに暮らしていた。

しかしある時に、村の裕福な青年チェイスが彼女に良からぬ企みを抱えて、近付いてくる。

瑞々しい自然に抱かれた少女の人生が不審死事件と交錯する時、物語は予想を超える結末へ至っていく。

あらすじ要約

謎の不審死を遂げたチェイスを巡り、家族に置き去りにされ、たった独りで生き抜くカイアの別れや拒絶を宿命的に描く物語。


自然界では、弱肉強食であり、生き残る為に、日々自らの生態がアップデートされていく。
生き物は明日を生きる事に必死であり、遠い未来はなく、今この瞬間を食いつなげる事にしか価値はない。
一方で人間社会には、自らを縛るおきてがあり、個々の幸福より、皆の秩序が重んじられる傾向がある。
産まれも育ちも違う者達を同じ物差しで測ろうとする。
だからこせ、いつまで経っても、変わり者を受け入れる度量がないし。
差別や偏見は消えないのである。
それは人を区別する事で、安心感や一体感を得ようとする、人間の無意識の醜さや歪さが隠されている。

噎せ返るほどの自然と、そこで息づく無数の命の中で育つカイア。
茂みの奥深く、生き物たちが自然のままで生きてる場所が彼女の唯一の居場所。
周りから湿地の少女と蔑まれ、たった独りで生きていた。
幼い時に母や兄姉達が家を出て行って以来、酒を飲むと暴力をふるう父と二人で残されたカイアは、一度しか学校に行った事がない。
偏見でろくに学校に通えず、理解者はジャンピンとテイトだけ。
そして、彼女を気にかけてくれたのは、いつも通っていた小さな商店の黒人夫婦。
いよいよ食料も底をつき、彼女が思いついたのはムール貝を獲ってお店で買い取ってもらう事だった。
補導員から逃げ、貝を集めて売り飢えをしのぎ、孤独や寂しさは湿地や鳥、カモメが埋めてくれた。
その仕事によって、幾ばくかのお金を得て、食糧や移動に必須となる船のガソリンなどを調達する。
自然と共存しながら、自給自足する日々。
カイアにとって、自然や大地が母であり父であり、そこで共に生きる生物達から生き抜く術を学んできた。
読み書きを学ぶ中で、雄大な自然の中で生きる術を身に付けるが。
別れや拒絶は宿命の様につきまとう。
やがて、二人の間には恋心が芽生えましたが、テイトは大学へ行き、戻ってくるという約束の年が過ぎても帰ってくる事はなかった。
テイトに裏切られたカイアは、プレイボーイのチェイスと出会う。
美しくもどこか神秘的な女性へと成長したカイアも、年相応の娘であり、家族というものに憧れがあった。
しかし、ずっと独りで逞しく生きてきたカイアにとって、町に当然の如く居座る常識や価値観、他人との接し方、いくつかのニューアンスが秘められた意図を読み取るコミュニケーション能力など、どこか理解しがたかった。
町でも裕福な家の息子であるチェイスとの恋は、かなり難しいものだった。
チェイスにとって、世間知らずな彼女は征服しがいのある獲物でしかなかった。
そんなチェイスが、櫓から転落死する、不審死した事で、これが事故死なのか殺人なのか、警察がカイアの身辺をしつこく調査してくる。

やがて、チェイスが結婚前にカイアが男女の関係にあった事や、カイアがチェイスに贈り、チェイスが結婚後も肌身離さず付けていた貝殻のペンダントが遺体からなくなっていた事から、状況証拠だけでカイアは逮捕されてしまう。
そこから始まる法廷闘争。
差別と偏見からカイアを犯人と決めつける判事に対して。
カイアについた正義の辣腕弁護士が、判事側の言い分がすべて確証のない状況証拠だという事を論破してみせ、無罪を勝ち取る。
しかし、悪い噂ほど人々の心に残り続ける。

狭い地域のコミュニティに根強く存在する差別意識。
貧困の連鎖から抜け出せないジレンマ。
そんなジレンマがちっぽけに思える、野生動物のグロテクスな生存本能。
自分を軸に、自分本位で生きる事を肯定してくれる、生き残る為には必要な自然の摂理。
生命は適者生存であり、適応出来ない者から自然淘汰していくさだめ。
それこそが、美しいロースカロライナの大地で気付いた教訓。
テイトから文学を学び、湿地を愛したカイアが養ってきた観察力によって。
湿地の生物の本を出版するまでに至る。

本書の題名である「ザリガニの鳴くところ」とは、「茂みの奥深く、生き物達が自然のままの姿で生きてる場所」という意味である。
ザリガニの鳴き声が聞こえるぐらい静まり返った湿地の奥は、人間などいない所。
そこには、人間の物差しなどない。
自然の世界に善悪はなくて、ただ生きる知恵があるだけである。

人間はごちゃごちゃと理屈を並べて、物を考えすぎる。
生き物としてのシンプルな生き方は、自分が如何にして生き残るだけを考えればいい。
自分の生命を守る事だけが、生命として産まれた至上の命題だから。
そうやって、他人との関わりを考え込んでしまうのが、人間の美徳と卑しさでもあるが。
自然界の極めてシンプルな、見方によっては残酷にも映るかもしれない生き方こそ。
人間の複雑な関係に行き詰まってしまった時ほど、参考にしてみるといいのかも知れない。

野生のようにシンプルに生きる事こそ、人間が長く生き続ける為の秘訣だと学んだカイア。

したたかに生きる術を手に入れた彼女は、いつか宿命を越えた素敵な出逢いをするのだろう。




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