読書記録:経験済みなキミと、 経験ゼロなオレが、 お付き合いする話。その4 (ファンタジア文庫) 著 長岡マキ子
【拗れていた確執を解きほぐす、本当の姉妹に戻れるように】
ずっと、険悪な禍根を引きずっていた月愛と海愛が自分達の関係を見つめ直す物語。
人間関係は頑張って、気遣いや謙虚さを見せて行動したところで、必ず報われるとは限らない。
繊細な恋模様や複雑な友人関係などは、ちょっとした事で、想いは行き違う。
頑張ろうと足掻いている姿は、相手によっては誠実に見えるし、見方によっては違和感を覚えて、一緒にいると居心地を悪く感じてしまう。
本当は、上手く自分をコントロールして、人間関係の緩急を上手く塩梅出来れば一番良いのだが。
上手くいかせようと耽溺している時ほど、視野が狭くなって、他人の意見に耳を傾けない物だ。
一旦、壊れた物は簡単には元には戻らない。
それは人間関係にも言える。
それでも、終わってしまった過去を問い続けるより、これからどう自分が変わっていくのか。
これから、自分はどうしていきたいかを、きちんと相手に伝える事で、抱え続けたわだかまりが、すっきり収まる事だってある。
何かを選ぶ上で大切な事は、その事実を受け入れる事。
そして、目を伏せたくなる過去をちゃんと抱き締めてあげる事である。
月愛はずっと憧れていた。
普通の家族という形に。
放任主義で、家族それぞれがバラバラだった関係性に窮屈さを感じていた。
大人びて見える月愛の「幼さ」の理由はそこにあった。
もっと自由に、海愛と等身大の姉妹関係を築きたかった。
周りの友達を見ると、他人に流されず自分の好きな事に全力で自由にやっている。
関谷先輩と笑流と一緒にダブルデートした事がきっかけで、月愛と海愛は、長らく音信を絶っていた両親にも再会する事が出来た。
再婚しようとしている父親に、龍斗は熱のこもった直談判もしてみせた。
かつてあった月愛と海愛の絆を反故にする真似は許せない。
清濁併せ呑む大人ではない、幼稚な子供の理想論だとしても。
怯えながらでも、父親の心を揺らそうと、必死に言葉を紡ぐ龍斗。
ただ、結果として離婚した母親と父親を引き合わせる『ふたりのロッテ作戦』は上手くいかなかった。
親の問題を子供が解決するというのは、一朝一夕に出来る事ではない。
それでも、家族で仲睦まじくしている友人達が羨ましかったから。
生き別れた双子の姉妹、それもお互いコンプレックスを抱えていた。
そうやって拗れきった間柄だったからこそ。
己の心の奥底に秘めた願いにようやく向き合う。
海愛に正直な自分の気持ちを伝える事が叶い、言いたい事を言い合っていく。
海愛は、望む物が出ないと分かっているガチャを回す事を拒んでいただけ。
そして、何かの弾みで起こるバグを期待していた。
相手の事を考えられず、自分の気持ちを押し通す歪んだ性格だった海愛も。
龍斗への恋心を失って、このままじゃいけないと、自分を省みて、長年抱え続けていたわだかまりと重荷を捨て去る事が出来た。
彼女に本当に必要だったのは、恋ではなく、素直に自分の弱さを吐き出せる友人だったのだろう。
空を飛ぶ鳥を仰ぎ見て、届かない願いを抱いていた少女は上ではなく、前を向いて進む事を決意した。
海愛は龍斗に救われた事で、本当の笑顔で自分の人生を歩き始める。
龍斗も曖昧に関係を引きずっていた海愛との関係にけじめをつける。
離れた早々、痴漢被害に遭った海愛を救った龍斗を、偶然に目撃してしまった月愛の誤解をちゃんと解く為に。
恋人と友達の線引きをきちんとつけたい。
不器用でも拙い言葉でも、その真剣な姿勢は海愛にちゃんと伝わった。
それが巡りめぐって、クラスで浮いていた海愛も受け入れられるようになる。
また、谷北さんに無慈悲に振られてしまったイッチーであったが、劇的ビフォーアフターを遂げる事で、彼女好みの良い美男子になれた。
終わったと思われた陰キャの友人にまた、春が巡ってくる。
一方で、順調に進むと予想されていた関家先輩と笑流の恋模様の行方は、浪人生である関家の受験シーズン到来に伴って。
離れていた空白を埋めるように、彼と一刻も早くより親密な関係を結びたいと焦るあまりに、些か性急過ぎる笑流とのすれ違いの齟齬を生まれる。
猿のように本能的に行動すれば、受験に失敗する事を危惧する関家先輩の持論を受けても。
初恋の人との念願の再会を大切にしたいという笑流の想いも共感出来る。
そして、月愛とのお付き合いが進展していく事は、そのまま、龍斗にとって彼女への理解と解像度の上がっていく事である。
クラスの人気者で、身持ちが軽いギャルだったが、幼さから卒業したくて、背伸びして、あまりに早く大人の階段を登った彼女に感じていた気遅れは、今はもう龍斗の中にはない。
より等身大の同い歳の、かけがえのない彼女として月愛は龍斗に見つめられる。
もう彼女の事を、「白河さん」と他人行儀に呼ばない。
ごく自然に当たり前のように、「月愛」と呼べるまでに、月愛と心から打ち解ける事が出来た。
それぞれのカップル、または、恋人未満の胸が甘酸っぱくときめいたり、少しほろ苦い大人の関係を見せていく群青劇的な恋の行く先は、まだ誰にも分からない。
しかし、青春とは自分にとってかけがえのない人がいるからこそ、成り立つ物である。
確かに、綺麗事ばかりではなく、幻想を打ち砕かれるような容赦ない恋愛も存在する。
恋情の向き合い方も、人それぞれであり、友情への向き合い方も、また人それぞれ。
それでも、互いの恋や友情を上手く行きますようにて、祈って応援してあげる事は出来る。
そうやって、他人の幸せを願える事が、自分の未来の行き先を定める指針となり得る。
この先で待ち受けるクリスマスやバレンタイン、そして波乱の修学旅行。
新しく芽生える「はじめて」の感情を深まる季節と共に、大切な誰かを想って抱き締め、引き連れながら。