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読書記録:横浜駅SF (カドカワBOOKS) 著 柞刈湯葉

【横浜駅に侵食された日本で、人としての矜持を示せ】


【あらすじ】

日本は自己増殖する<横浜駅>に支配されていた。

脳に埋め込んだSuikaで管理されるエキナカ社会。その外で廃棄物を頼りに暮らすヒロトは、エキナカを追放されたある男から人類の未来を担う“使命”を課される。
その使命を果たす為に、永久迷路のような横浜駅の深奥に潜っていく。

あらすじ要約


増築された横浜駅に侵食された本州で、管理社会となった世界に異議を唱える青年が、壮大な旅を始める物語。


駅とは旅を飾る上での脇役に過ぎない。
目的地へ行く為の中継場所に過ぎない。
しかし、人々の生活には無くてはならない物である。
そんな、旅の中間地点に過ぎない駅が、自らに意志を持ち人類を支配する悪夢のような世界で。
通信事情も食料事情も、はたまたエネルギー事情も解決した、まさに永久機関のような横浜駅。
人々の関心を独占する中で、郊外で暮らす非Suika住民のヒロトは、ある男から反逆の片道切符を渡される。
無限増殖する構内を5日間、約400キロの旅を始める。

長期の大規模工事は生きている間には到底終わらず、思い出されるのは配管むき出しの天井。
つぎはぎだらけのプラットホーム。
そして幅を狭めた階段を一糸乱れず無表情で降りていく乗客達。

人工物と自然物。
人間と機械。
ちぐはぐでごちゃまぜで、境界が絶えず変化するイメージしていく無機物に流動性が混じった歪な世界で。
元々、与えられていた役割からの転用による横浜駅の戦略。
状況に応じて、しかも一人ひとりがてんでバラバラに生きるルールを定めて逞しく動き回る人間の戦略。
その人類の環境への適応能力と影響力は、凄まじい力を秘めている。

大戦争後に、資源が枯渇し文明も衰退した世界で。横浜駅の一部として支配・管理・培養されて生きるのと。
荒れた無法地帯で傷つけ合いながら、再度、人間なりの社会を形成していくのと。
どちらが人間にとって幸せなのかと考えさせられる。

横浜駅には自我がなく、単に本能的に増殖をしているというのが、なんとも生物学らしい。
AIが自我を獲得しなくたって、人間を支配する事は十分にあり得る。
話題のChatGPTが進む先でも、人とAI、生と死の境界線はどこか、という問題が孕んでくる。
便利さに頼っていたら、いつしか引き返せない所まで、機能不全に陥っていた。
機械が仕事の全てと役割に成り代わる事で、人としての価値が失われる。
機械には出来ない人間の機微の心情を察せられる仕事だけが尊ばれて、生き残っていく。

この世界に出てくるエキナカとエキソトという生まれの違いや、貨幣や税、ネットワークを用いた規律、武器を用いた戦争 。
そういった本質的な問題は、今、世界で起きている事となんら変わりはない。
横浜駅は新陳代謝を間違えた果ての癌化であり肥大化。
うごめく自動改札の姿は、目的を失った組織の姿の象徴を揶揄しているように見える。
工事の槌音は、高速道路、幹線道路、川と海に阻まれて四面楚歌。
思うように拡張できない横浜駅の叫び。
日本のサグラダファミリアと揶揄される横浜駅の自己増殖。
常に新陳代謝を繰り返す、生き物のような生態である横浜駅が、ヒロトの行き先を阻んでいく。

日本の広域エリアまで自己増殖する横浜駅に支配される人間。
同駅から排除された低階層の主人公が抵抗組織のリーダーとの接触と「42番出口」を目指すよう託されて、エキナカへの旅へ出る。
中盤前にあっさりと、主犯リーダーと出会って。JR鉄道統括システムの高度進展の末にシンギュラリティが実現していた経緯が判明する。
中盤JR九州側のトシルの話を経て、「42番出口」に到達していく。
抵抗運動と共に、横浜駅の金属疲労による終焉が見えてくる。
反乱分子のリーダー、ケイハと出会い北海道からスパイで来た機械生命体のシャマイ。
九州地方で治安を守るトシルは、興味から四国に渡り半身を失ったスパイの機械生命体、テレケとも出会う。
ヒロトは42番出口を目指しそこに横浜駅を死滅させる教授と出会って、横浜駅拡大を防いでいく。

横浜駅が北の北海道と南の九州以外を取り込み、そちらに逃げていった人は最終防衛ラインを構築して横浜駅と戦う道を選んだと。
そんな状況が何百年と続いた世界でも、人間は生き残って、横浜駅と共存する選択もする中で。
ヒロトは日本を変えるスイッチを押してしまう。 

アンドロイドの少年少女やJR福岡のトシル、元キセル同盟の女リーダー・ケイハ達と目的を達する為に動いていく。
しかし、横浜駅にとっては外界の状況に応じて、柔軟にその姿を変化させている状態。
つまり常に工事が行われている状態こそが完成形とも言えるので、ヒロト達の目的は人類の営みに逆行している。
それでも、本州が全て、横浜駅となりSuikaがない人間はエキナカで暮らせない現状は理不尽である。

JR北日本のアンドロイド達の思惑、それを開発した技術者達との計画と、ヒロトの脚を撃った者達の正体。
ヒロトの目的を阻止しようとする彼らが語る「目的の存在」
そもそも、「完成」とは何を指すのか?
ガウディは計画が壮大だったが、ゴールは提示されていた。
対して駅は世の中の変化や環境に合わせて、今後も未完成のまま動き続ける。
完全に完成しない事がゴールであると。
その未完成のままの環境に、人々は慣れていく。
最新鋭の力に飼い慣らされて、人々は適応していく。
人は変化する生物だ。
意図せぬ変化、増殖、崩壊は日常的な物と受け入れて。
そこから秩序はまた一から形成されていく。

物質は、常に流動することで全体が安定する。
自転車を止めれば、たちまちバランスを崩してしまうように。
ただ、利便性だけを追い求める事は、人類の衰退に繋がる警鐘でもあるから。
ヒロトは人間らしい自由を求める本能が、利便性だけを追及する管理社会の在り方に、徹底的に反旗を翻す。

自分達は家畜ではない。
誰かに生殺与奪の権利を奪われたくない。
自らの意思を一番に尊重する。
効率ばかりを重視すれば、どんどん人間らしさを失って。
機械に甘えきって、人間が本来持っているポテンシャルが衰えていく。
そんな生き方は人間らしくない。
今の現状に意義を唱えて、それを変えようと足掻く行動を移せる事。
イレギュラーな対応が出来ない機械よりも優れている人間の臨機応変な対応能力。
それこそが、人として産まれた矜持であるとヒロトは考える。

そんなヒロトの想いとは裏腹に、際限なく増殖する横浜駅に、侵食された世界の果てで。
無尽蔵のエネルギーを内包する無機物と食料を失った人類の未来はどうなるのか?
駅に管理された日本は秩序が保たれていた、その秩序を壊す事が本当に正解だったのか?

ヒロトは、規制管理された世界の行く末をどんな眼差しで眺めるのだろうか?




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