マガジンのカバー画像

ショートショート

110
運営しているクリエイター

2018年11月の記事一覧

「夜のひかり」

山奥に小さな診療所がありました。
その日の夜は雪が降っていて、先生はコーヒーを飲みながらしんしんと積もる雪を見ていました。しばらくすると黒い夜と白い雪との間にぼんやりとした光の玉が見えました。
「こんな時間に誰だろう?」
緊急外来を想定して、急いで白衣を着て扉を開け放ちました。先生は冷たい空気を肺に入れて大きな声で質問します。
「こんばんわ! どうかされましたか?」
先生の声を聞いた光の主は顔を上

もっとみる

「ナース日誌」

先日、新人研修の終わりに小山先輩に呼び止められた。小山先輩はリップグロスだけでも鮮やかな唇をしている色白の美人だった。
「ねぇ、知ってる? 4時44分に誰もいない部屋からナースコールが聞こえるって話」
「えっ、初耳です。やっぱり病院ってそういう事があるんですか…?」と、私は恐怖半分、好奇心半分で聞き返した。
「実はそれって、新人をからかうための通過儀礼なのよ」
「そ、そうなんですか? でも、何でそ

もっとみる

「白い影」

先日行った人間ドックで俺の身体に腫瘍が見つかった。医師からその話を聞いた時は顔面蒼白になったが、幸い良性のものだった。それでも念のために摘出することにし、手術は無事に成功した。
今日は経過観察で訪れたのだが…。
「先生、手術は成功だって言ったじゃないですかっ⁈」
「いやぁ、それがねぇ。ほら、ここのところに白い影が見えるの分かります?」
医師が指差したCTスキャンには確かに白い影があった。
「確かに

もっとみる

「学校のアイドル」

僕の学校にはムックという名前のネコがいた。猫好きな校長が飼う事を独断で決めたのがきっかけだ。ムックは授業中でも校内を自由に行き交い、休み時間には人だかりができたし、職員室で日向ぼっこをしてるだけで先生達はニヤニヤしていた。ムックは学校のアイドルだった。
そんなムックが死んだ。一人の生徒がムックを殺し、首を校門に置いたのだーー。
その日から学校がおかしくなっていった。
毎朝一番に学校に来てムックを触

もっとみる

「少年のポエム」

先生がブチギレている。帰りのホームルームは長引きそうだ。
議題は「誰がサトウ君のメガネを割ったのか?」というもので、結論から言うとA君のメガネを割ったのはミチコ先生だ。しかしミチコ先生はそれに納得がいかず、僕らに採決を求めているのが現状だ。
というのも、もともとサトウ君のメガネを取り上げてふざけていたのはコバヤシ君で、ミチコ先生がパイプ椅子に座るタイミングでメガネを尻の下に放り込んだのだ。残念なが

もっとみる

「ピエロのポスト」

わたしは今、小学校の頃の卒業アルバムを見ている。あの頃は口裂け女やら人面犬やら怖い話が流行った影響もあって、今覚えている事が現実にあった事なのか、それとも創り話なのかハッキリしない。
覚えているのはーー。
朝、学校に着いて親友だった子と裏門にあったピエロのポストの話をした事。そのあとのホームルームで、うちの担任の先生が病気か何かで休んだ代わりに、隣のクラスの大声で話す先生が来て出欠を確認した事。ク

もっとみる

人間の証明

わたしは街角で小さな食堂を経営しています。人気のメニューは天ぷらそばで、長くお客さんに愛されているメニューでもあります。もともとこの店は父と母が開いた店で、父が亡くなった際にわたしと母とで畳もうかと悩みましたが、常連のお客さんからの後押しがあって今に至ります。そうはいっても商売です。最近はポツリポツリと客足が途絶え、メニューを減らしながらも何とか経営しているのが現状でした。
そんな時、一人のお客さ

もっとみる

どこにでも、いつまでも

もともと口が達者だったわけじゃない。
よく、外国語を覚えるには外国人の異性を好きになれと言うけど、きっと俺もそれとおんなじ。
どこにでもいるような地味な女。
化粧もしない、ジャラジャラとアクセサリーを付けることもしない。黒髪のショート、匂いは牛乳石けん、白いハンカチ、誰にでも優しく、当たり障りの無い会話をする人。でも、心から笑ってるところは見たことがなかった。
俺はそんな彼女を笑わせたくなった。

もっとみる

些細な実存

また今日も靴を隠されるのか。
憂鬱だった。学校には行きたくなかった。自分と同じ年代の、別の学校の生徒が笑いながら歩いているのを見かけると胸が苦しくなった。
その日の朝もフラフラとした足取りで僕は歩いていた。二、三分後には電車がキリリ、キリリと音を立てながらホームに滑り込んでくる。でも、いつもと違ったのは自分よりもヨロヨロしながら歩くお婆さんがいて、線路に落ちそうになった事だ。咄嗟に僕はお婆さんの身

もっとみる

黒い塊

「どうしてこんな醜い顔をしているんだ。一体、俺が何か悪い事でもしたのかよ。ノルマもこなすし、残業だって断らない。それなのにどうして俺を避けるんだよ。この顔さえなければ、今頃は結婚して慎ましやかな暮らしを送っていたんだろう。くそッ!」
そんな人間を乗っ取る男がいた。そいつは生きているのか、死んでいるのかで言えば死んでいるほうに近い。鏡の世界から醜い顔の人間を選んで身体を乗っ取り、現実世界を生きていた

もっとみる