「夜のひかり」
山奥に小さな診療所がありました。
その日の夜は雪が降っていて、先生はコーヒーを飲みながらしんしんと積もる雪を見ていました。しばらくすると黒い夜と白い雪との間にぼんやりとした光の玉が見えました。
「こんな時間に誰だろう?」
緊急外来を想定して、急いで白衣を着て扉を開け放ちました。先生は冷たい空気を肺に入れて大きな声で質問します。
「こんばんわ! どうかされましたか?」
先生の声を聞いた光の主は顔を上げます。
「助けてください、子どもの熱が下がらないのです」
それは小さな子どもを背負った女性の切実な叫びでした。先生は駆け出して、二人に傘をさしました。
「すぐに診ましょう。中にストーブがありますから、お母さんも当たって下さい」
「ありがとうございます。ありがとうございます…」
その時先生はある事に気付きました。
幸いなことに解熱剤を投与すると熱はスッと下がり、子どもは意識を取り戻し「ママ、ママ」と言いました。
「雪が止むまでここに居なさい」と先生は言って白湯を出しました。
「お代金のほうは…」と財布に手をかけた母親に「いえいえ、結構ですよ。キャッシュレスの時代に現金を使っているのは観光客かヤクザか政治家ぐらいのものです。それにあなたを詐欺師にするわけにはいきません」
母親は警戒した顔で話を聞いています。
「先ほど、坊やに尻尾があるのが見えました。ここは人間の診療所です。キツネの親子から代金を取るなんてできませんよ。もし、迷惑でなければ毛布も持っていきなさい。寒いでしょうから」
「ありがとうございます」と母親は頭を下げ、雪が止むと親子は帰って行きました。
#小説 #ショートショート
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