汝、星のごとく
昔、高校の生物の授業で「基質特異性」という言葉を習った。
ある酵素とその対象は、お互い複雑な凸凹構造を持っていて、鍵が鍵穴にピタリとハマる特定の相手としか化学反応を起こさないのだという。
興味深かったのは、
「たまに間違えてしまう。」
という教師の言葉だった。
「凸凹構造が似ていると、たまに間違えた相手とくっついてしまう事が有るのです。実際にはピタッと合わないのに。」
「その場合どうなるんですか?間違いに気づいて離れるんですか?」
「いいえ、離れることは出来ないんです。なんの反応も起きないまま、くっついたままになります。」
教室がシンとした。
酵素に感情は無いだろうけれど、それでもなお、その現象は余りにも切なかった。
でも、考えてみれば人間社会にそんな関係性は溢れている。恋人も、親友も、夫婦も、少し違うかもと思ったからと言ってそう簡単には離れられない。家族なら尚更。
恋人と別れる時は、絆創膏を引っぺがす様に素早く剥がすのがコツだと誰かが言っていた。じわじわ剥がすと却って痛いから。
短期的な恋人ならそれも可能だろう。
だけど、長い長い間貼っていて、もはや皮膚と同化した絆創膏を、はたして剥がせるだろうか?
これは、違う相手とくっついてしまった「酵素」がもがく話。
剥がせない絆創膏の話。
化学反応が起きる相手は世界でたった一人なのだという話。
全編を通してヒリヒリと痛くて、最後なんて絶望的に痛くて、だけど潔い。
運命の相手を諦めないとは、どういうことか。
泣きたくなるほど純粋で、自分勝手な恋の話。
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